開演15分前にシンフォニーホールへ着きました。今日のコンサートは座席が当日指定なので窓口に並び座席券と交換してもらいました。
「ようこそいらっしゃいました」
あれ? 受付嬢の対応がぎこちない。あー学生さんか。
もらった座席券を見ると“2階BB列14番”とのこと。それでいそいそと2階へ。よく考えると今月4日のフェスティバルホールに続いてシンフォニーホールの2階席も今回が初めてだな、と思い当たる。今年は2階席が多い年だ。
客席を見ると7割くらいの客の入り。しかし特筆すべきは客の年齢層の低さ。身内に配ったのがありありと分かるくらい学生ばかりだった。逆に言うとブルックナー聞きたさにやってくる部外者の方が異邦人ってことか。そういやJR福島駅の地図を見てシンフォニーホールの位置を必死に探している子がいたな。
席に着き、学生らしい(独りよがりな)プログラムを読んでいると、たどたどしいウグイス嬢が開演を告げました。まず最初に大学側の副部長さんがあいさつに舞台上へ現れました。結構あがっていたらしく、あいさつの内容をド忘れして言葉を失ってしまった瞬間がありました。
この副部長の微笑ましいあいさつが済むとオケのメンバーが入場してきました。
まず音合わせですが、オーボエがラの音を出し、コンマス(女性でしたのでコンサートミストレスか)が調律し、その音を拾って管楽器が音を合わし、最後に弦楽器が音を合わせていました。時間が掛かってまどっこしいですが、これもプロオケにないのどかなところです。
ちなみに弦楽器の配置は本名さんの趣向に合わせて古典配置です。
音合わせが済むと会場も静かになりました。そして今日の指揮者である本名さんがタクトを持って登場してきました。
前半に演奏されたこの曲を作曲したのは1900年初頭から30年頃までドイツで活躍したシュレーカーだが、彼にはユダヤ人の血が流れていたためナチスによって「廃退音楽」の烙印を押され、今日ではほとんど日の目を見ていない。
曲の方はと言うと、良くも悪くも後期ロマン派の音楽で、マーラーやリヒャルト・シュトラウスに共通した音色を持っている。だからめくるめくオーケストラサウンドを堪能するにはよいが、場面転換のほとんどの部分がだんだんと音楽が沈み込んだ後どかーんとフォルテシモでがなり立てるばかりで、聞いていて飽きてきた。
演奏の方も最初はまったく調子が出ていなくて、曲冒頭のカオスの場面が演奏の方もカオスになってしまい、どうなることかと心配したが、曲が進行するに連れて尻上がりに調子があがり、最後は非常に充実した演奏になった。
曲が終わっても客席は静まり返ったままだった。これは別に感動の極致だったとか言うのではなく、単にみんなどのタイミングで拍手をして良いのか判らなかっただけのようだ。仕方がないので指揮者がタクトを降ろしたのを見計らって拍手を送った。するとそれに合わせてやっと会場から拍手が湧き起こった。
ここ2,3年の間に関西で演奏されたブルックナーと今後演奏される予定のものを覚えている限り書き連ねると、
と、まあこんな感じだと思うが、朝比奈&大フィルの5回を別格とすると本名の2回が特に目を引く。しかもわずか3ヶ月ほどの間に立て続けに取り上げているということは、本名がブルックナー指揮者を目指していると判断されても仕方がないと言える。
また曲の出来が良くてブルックナーの本質を掴んでいなくてもなんとかなる7,8番や曲自体が彼の本質から離れている4番とは違い、きちんとブルックナーとして聞かすことが難しい5番を演奏しようと言うのだからなおさらだ。私の期待は尋常ではない。
それで演奏の方だが、ものすごいスピードですっ飛んでいくものだった。大阪においてブルックナーは朝比奈爺がデフォルトなため無茶苦茶違和感があったが、なにも遅いテンポの演奏だけがブルックナーではない。シューリヒトの明朗爽快なものやマタチッチの躍動感溢れる演奏があるように表面的な差異はこの際関係ない。
オケの方もシュレーカーとは違い、最初からテンション全開の演奏を繰り広げる。無限に行ったであろう練習が実を結んだのか、どのフレーズも奏できっていて曖昧にやっているというのを聞き取ることはなかった。特にオーボエとフルートのトップの出来が大変素晴らしく、それぞれのソロやデュエットなどうっとりと聞き入ってしまったくらいだ。素晴らしい。
また始終吹きっぱなしで、どんなに上手いオケでもリートが疲れてくる金管も最後まで渾身の演奏を行っていた。(トランペットに1人、ホルンに2人の補強を行っていただけであった)
ただ所々浮いたり沈んだりするチェロとコントラバスに弦セッションとしての詰めの甘さを感じ、音がこけっぱなしであったホルンが少し残念だった。ただこれを責める気はない。
しかし指揮者には言いたいことがいっぱいある。まずオーケストラのバランスだが、低音部をあまりにも軽視しているような気がしてならない。特にドイツ音楽では低い音から順に積み上げていくことが重要で、これができていないとベートーベンやワーグナー、ブルックナーにブラームスなどは聞くに堪えないものとなってしまう。
また今回の韋駄天テンポはほとんどがブルックナー初心者である今日の聴衆を考慮したものかもしれないが、これは練習時間を多くとれる学生オケだからできたもので、プロオケでこんなことをやれば100%音楽が上滑りを起こしてしまうだろう。それにテンポの速い遅いに関係なく弦楽器のフレージングは充分考慮して徹底させなくては、ブルックナーが味の薄いものに成り果ててしまう。
それでもこの味の薄さが今日ははまってしまったのか、一番心配していた第3楽章(この楽章は音の強弱の変化とテンポの伸縮が大きいので合わせにくい)を立派にこなすと、颯爽とフィナーレに突入した。
この楽章では最初こそじっくりと進められ、「これなら2重フーガのラインがじっくり味わえる」と思っていたが、展開部後半から急にターボチャージャーがオンになると、ウルトラスピードで再現部、コーダへと突入した。これにはビックリ、こんな速さは今まで聞いたことがない。
しかしオケが指揮に食らいつき、演奏はますます熱くなり、情熱を燃え立たせるものとなった。
最後はすべてを爆発させるようなクライマックスが描かれ、金管部隊の立派なコラールが鳴り渡った。
曲が終わると同時に満場の拍手が湧き起こり、ブラボーの歓声も掛かっていました。客席を見るとお客も一部を除き皆満足そうな顔をしていました。
何度も指揮者が呼び出され、その度に「今日はオケを誉めて下さい」とオケを立たせます。
拍手は尽きないかのように感じました。
私も最初はくだらない、と思っていましたが最後には夢中で拍手をしていました。
今日の演奏はブルックナーの本質からはほど遠いものですが、楽しめたことも事実です。今日はブルックナーの5番というよりちょっと長いブラームスの1番を聞いたような気分になりました。(実際演奏時間こそ20分ほどの差がありますが、オケの編成はチューバとトランペットが1本多くコントラファゴットがないだけで作曲年もほぼ同じです)
まあこんなブルックナーもアリかな? 4月23日の4番に期待します。
演奏後、特に印象的だったのはコンサートミストレスの子が演奏で燃え尽きてしまったのか、なにか呆然としていて、本名さんが「オケを解散させましょう」とサインを出しているのにまったく気付かず、そのため本名さんが何回も拍手で呼び出される事態になったことです。
最後はサブコンマスやチェロトップの子が舞台に引き上げることで無事にオケが解散できましたが、それでもまだ彼女は心ここにあらずの表情でした。
きっとブルックナーが彼女の心をさらっていったのでしょう。しかしそれも納得のいく素晴らしい演奏でした。
総じて、胸一杯の演奏会でした。
さて次回はいずみホールで行われる時を超えて〜新世紀へのバッハ「バッハ入門/真髄まで!」です。バッハの名曲がまとまって聞けるとあって大変楽しみにしています。まあ気楽に楽しんできます。