ホント久しぶりの演奏会となりました(10ヶ月ぶりですよ)。この文章の書き方はもちろん、コンサートへの行き方も忘れてしまうほどのインターバルとなってしまいました。色々と思い出しながらのコンサート道中です。
今回の主役となる兵庫芸術文化センター管弦楽団(兵庫県立芸術文化センター付属交響楽団から正式に名称が決まりました)は兵庫県が震災からの復興のシンボルとして設立した兵庫県立芸術文化センターに専属するオーケストラとして、ホールのこけら落としと同時に活動を開始しました。(で、今回がそのデビューとなります)
佐渡裕さんを芸術監督に据え、国際色豊かなメンバーを擁し、楽員は35歳以下かつ任期は3年と決められた教育オケの性格を有しています。(今回ステージを見渡すとベテランっぽい方もいたようですが) これは師レナード・バーンスタインの精神を受け継いだものと言えるでしょう。
10月22日からの9日間で同一演目を5回も行うと言う、余り例を見ない演奏会ですが、5公演すべてがほぼ満席らしいですから、このコンビに対する期待の大きさが特別であることが窺い知れます。
オープニングコンサートと言うことで、祝祭的な曲が選ばれるのは当然ですが、これにベートーベンの第9交響曲を持って来たことに佐渡さんの並々ならぬ決意のほどが伝わります。(彼ならもっとド派手な曲でも構わないはずだし、お客もきっと喜ぶはず)
まずこの文化センター、立地条件が素晴らしい。阪急西宮北口駅の真ん前に建っていて、しかも直通のデッキが通っているので、電車から降りて3分でホールと言う抜群のロケーションです。加えて西宮は梅田から30分あれば充分に行ける距離にあるので、福島のシンフォニーホールと比べても遜色がありません。
ホールは大・中・小の3つのホールからなり、共通のロビーからそれぞれ分岐していきます。そしてこの共通ロービーには小さな展示場が設けられ、そこには佐渡さんが地域の子供達に音楽を教えている様子や子供達の感謝状等がディスプレイされていました。
壁や床は木を贅沢に使ったもので、色調もシックな色を使った大変落ち着きのある内装ですが、グラスエリアがとても大きいので、外光がたっぷりと入り、充分な開放感も併せ持っておりました。
客席に足を踏み入れると空気の重厚感が増し、派手なシャンデリアはありませんが、なにか特別な空間だと思わせるものがあります。ステージは少し高めに位置していますが、遠い感じは受けませんでした。音響は演劇の上演も視野に入れているためシンフォニーホールのような豊穣な残響はありませんが、デットでは決してなく、キレのいいすっきりとした音響と言えます。
客席の両翼は広がりすぎず、奥行きも余りないのですが、客席は4階まであり、ステージの視認性はよく考えられていると思いました。
そして特に感心したのは椅子です。背もたれの角度、座面の高さ、膝の高さ、座ったときの首の角度等がピシッと決まります。加えて固めの座り心地は安楽椅子のようにふんぞり返ることを許しません。しかも日本人の体型に合わせてあるので、長時間の鑑賞にも堪えられるなかなかの逸品でした。日本の劇場らしからぬ出来です。ワンランク上を目指すためにあえて苦言を言わせてもらえば、座面の固さは表面1センチ前後は柔らかく、それが体を沈めるとキュッと固くなって体を固定するセッティングだと最高でした。
ステージ上ではすでに数人のメンバーが最後の調整をしていました。結構段差のあるひな壇が組まれ、コントラバスなどはかなりの高さとなっていました。
開演時間が迫ると、合唱団に続きオケのメンバーが次々と入場してきました。音あわせも終わり、場内の照明が落とされると佐渡さんが颯爽と現れました。
大きな拍手に応えながらくるりと背を向けると、静かにタクトが下ろされました。
佐渡さんのイメージから言って身振りが非常にコンパクトなのが、まず目に付きました。しかしオケが自信いっぱいに力強く曲を進めていくので、無理にあおる必要がないのだと思いました。
オケの方は技巧的に不安はありませんでしたが、やはりオーケストラとして統一の音色を獲得するまでには至らず(当たり前だ)、あえて言うなら木管にもう少し細かいニュアンスが欲しかった。演奏自体は5回目と言うこともあってこなれた演奏でしたが、決して冷めてない気合の乗った演奏でした。
第1楽章はやや遅めのテンポをしっかりと守り、情緒を噴出させない叙事詩的な曲運びをしています。唯一爆発するのが再現部の所で、しかも頂点をティンパニが叩き始める所ではなく、第1主題が完全に姿を現した所で一槌を入れる辺りは非常に感心しました。
今回最も驚いたのは続く第2楽章で、なんとスケルツォ後半のリピートを実行したのです。(AABBトリオAB) はっきり言ってこのリピートを実行する指揮者なんて、現代オケでは故朝比奈さんぐらいしかやりません。(ピリオドオケでもやらない人がいるくらい) 若い楽団員を教育するという使命がそうさせたのでしょうが、このチャレンジには思わず嬉しくなってしまいました。
独唱と打楽器奏者を入れて、第3楽章が始まりましたが、佐渡さんは指揮棒を持たず、ゆっくりとしたテンポで、じっくりと歌を紡いで行きます。穏やかな幸福を感じさせる一時でしたが、最後にファンファーレがその思いを断ち切ります。(アクセント記号もばっちり考慮されていました) ただ2回目のファンファーレ後に広々とした響きと悲壮感ある音色があればなお良かったですが。
第4楽章で声楽が入りますが、独唱陣は全員見事でした。ソプラノが珍しく楽譜を見ていましたが、他は全員暗譜、テノールの声量の豊かさ、バリトンの声の張りなどは特筆すべきことでした。また独唱を合唱の前に立たす配置は非常に良いことだと思います。
またコーラスもプロの神戸市混声合唱団と一般公募のオープニング記念第9合唱団の混成チームでしたが、みんなピッチがそろっており、また発声もきっちりしていて、文句なしの出来でした。ただもう少し声にパンチがあればもっと良かった。
フィナーレになると佐渡さんの指揮ぶりも熱くなり、音楽も大きく盛り上がって来ました。しかし悪戯に激烈な表現を取るのではなく、なだらかな坂を登るようにテンションが上がる感じです。
合唱の二重フーガでは右のこぶしを左の手のひらに打ちつけ拍子を取ったり、合唱と一緒に歌ったりして、合唱を盛り立て、その間にもオケへ細かく指示を出して、見事に全体の統率を取っていました。
クライマックスのプレスティッシモも乱痴気騒ぎにはならず、どこか理性の利いた堂々としたクライマックスとなりました。
最後の音が鳴り響くと、ワッと大きな拍手が湧き起こりました。しかし無粋な「ブラボー!!」の掛け声は起こらず、暖かい拍手が会場を満たしていきました。
ソリストだけではなく、合唱指導者もステージに呼び出して拍手に応えていましたが、佐渡さんはあくまで他の演奏者を立てての答礼でした。
やがて指揮台に佐渡さんが登ると予想外のアンコールが掛かりました。
「ハッピーバースデイ」
出演者全員で「ハッピーバースデイ ツー ユー」と歌います。アレンジもワサビが利いていて、途中ジャズセッション風の伴奏が挿入されたりして、会場も手拍子を合わせて、舞台・客席が一体となって音楽を楽しみました。
最後に「ハッピーバースデイ ディア・ホール(??自信なし) ハッピーバースデイ ツー ユー」と歌い、演奏会の幕が降ろされました。
芸術家というものはいつまでも同じ芸風でいられるはずはなく、佐渡さんも02年の第9(実演しかり、CDしかり)を頂点とする、あおりまくって激烈なクライマックスを築く手法から、ひとつ先のステップに進もうとしているのが感じられました。
今回のような、楽譜に忠実な音楽作りが芸術監督としてやりたいことだったとしたら、そのひとつ先のステップには朝比奈隆がいるのかな? と思いました。
この人の芸術の行く末を最後まで見届けたい、そうこの人より先に死にたくないな、と強く思いました。
総じて、あの人の後姿が見えた演奏会でした。
ちなみにこの演奏会の後、皇太子さんがホールの視察に来るとの事で、兵庫県警の方が大勢警備に当たっていました。ですから終演後に観客は早々と退場を乞われ、佐渡さんのサイン会も皇太子が帰った後に開かれた模様です。
ホールと駅に挟まれた道路にはロープが張られ、もの凄い人出となっていました。
今回のオープニングコンサートの模様はDVDとして発売されることが決まっており、11月30日に発売されるようです。
あと、どうでも良いことですが、会場で売っていた有料のプログラム、表紙の佐渡さんがいやににこやかな表情で、過剰なほどのフレンドリーさを醸し出しているのが何ともはや。
さて、次回はホントの年末の第9として、下野さんと大阪フィルのアルカイック定期に行く予定です。
活躍目覚しい下野さんによる第9の演奏。いったいどんなものを聴かせてくれるのか、非常に楽しみにしております。