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大阪センチュリー交響楽団
「21世紀の第九」 in 2003

日時
2003年12月30日(火)午後4:00開演
場所
ザ・シンフォニーホール
演奏
大阪センチュリー交響楽団/京都バッハアカデミー合唱団
独唱
大岩千穂(S)/手嶋真佐子(A)/ヴァレリー・ゼルキン(T)/福島明也(Br)
指揮
佐渡裕
曲目
ベートーベン…交響曲第9番 ニ長調「合唱」
座席
1階J列21番

はじめに

 今年の第9はなんと3日間公演となり、去年の2日公演を上回る規模となりました。(新日フィルとは4日間公演……)
 で、その去年の公演は佐渡さん自身も会心の演奏会と言っていたほど素晴らしいもので、実際に聴くことの出来た身にとっては充分頷ける内容を持った演奏会でした。
 今年は3日間の内でも千秋楽となる30日の公演に行きましたが、燃え尽きた消し炭を聴かされるのか、練りに練った演奏を聴かされるのか、ちょっとしたギャンブルの気持ちでシンフォニーホールへと向かいました。

 会場の雰囲気は結構熱があり、客席は満員と呼べるほどでした。補助席も出されていたようですが、それは使われなかったようです。
 ステージ上では数人の団員が先に上がって練習をしていましたが、開演時間の少し前に合唱団の皆さんが一列に並んで壇上に上がり、オケに先んじてスタンバイしていました。
 やがてセンチュリーの面々が出そろい、音合わせを済ませると、舞台下手から佐渡さんが足早にやってきました。会場の大きな拍手に応えると、タクトを構え、今年最後となる第9が始められました。

ベートーベン…交響曲第9番

 まず最初に感心したのはオケの鳴りっぷりで、全てのパートが(弦は後ろのプルトまで)充分に楽器を鳴らし切っており、オケの大きさを考えるとちょっと考えられないほどでした。やはりオケを大きく鳴らすことの出きる手腕も指揮者の能力のひとつです。
 内容の方に入ると、少しだけ速めに感じる第1楽章ですが、その基準が某御大だからそう感じるだけで、一般的には的確なテンポだったと思います。
 そのたたずまいは非常に腰が据わったもので、じっくりと進められて曖昧にされる所は全くありませんでした。各対位法をガッチリと鳴らしており、主旋律っぽいメロディだけを強調するような浅いものではありませんでした。特にこの楽章ではバロックの響きがよく聴かれ、展開部でのフーガ風の部分ではゾクッとするほどでした。
 また頂点の築き方もツボにはまったもので、再現部に入ってすぐに迫力満点の爆発を聴かせますが、第1主題が完全に姿を現した所でもう一段階上の轟音を響かせるあたり、嬉しくて仕方がありませんでした。
 そしてコーダでの悲劇的色合いも普通なかなか出ない物ですが、今日の演奏では充分に出ていて、これも非常に感心しました。

 ここで佐渡さんの指揮ぶりについて言うと、大きな身振りで余りビートを刻むことはしない点はいつも通りですが、テンポの変わり目やリタルダントをかける時はきっちりと拍を刻み、全体的にはインテンポ気味でした。また他の日はタクトを持たない楽章があったそうですが、この日は全楽章タクトを持っての指揮でした。
 しかし一番感心したのは大きな身振りで音楽の流れを示しているように見えて、その指示は実に細かく、絶えず2方向以上へ同時に指示を飛ばしていたことです。対位法がガッチリ鳴る秘密はこういう所にあるのかもしれません。

 インターバルの間に遅刻してきたお客を入れ、第2楽章が始まりました。
 この楽章のテンポは逆にそれほど速いものではなく、重いリズムを伴って力強く進みました。またトリオもスケルツォと同じスピード感で演奏し、遅くなったり、メチャクチャ早くなったりしないものでした。
 ちなみにスケルツォの前半部分のみをリピートし、後半部分はリピートしませんでした。全体に冗長な感じはなく、ぎゅっと締まったものとなっていました。
 この楽章が終わると独唱陣が合唱団の前に登場し、静かに席に座りました。

 さて、続くこの第3楽章が今日の白眉となりました。やや速めで推移してきた前2楽章と違い、このアダージョは極限までテンポを落とし込み、じっくりとじっくりと歌い込んでいったのです。その遅さは木管のブレスがもつギリギリの所まで持っていき、第2主題が提示されても少しだけテンポが速まるくらいで、遅いというイメージは変わりませんでした。
 しかし良かった理由はそれではなく、たっぷりと時間を取った音符ひとつひとつに込められるニュアンスの密度の濃さが大変素晴らしく、心に染み入るものでした。弦の全てのパートがしっかりと鳴り、旋律の絡み合いも素晴らしく、ピッチカートひとつ採っても深い音色を醸し出していました。
 そして瞑想の気分を打ち破るファンファーレが実に鮮烈に鳴り、金管に付けられたアクセントもバッチリ決まってました。(このアクセントが決まる演奏もなかなかないです) また驚いたのは2回目のファンファーレが鳴らされた後、悲劇的な音色が満ちたことです。こんなことが出来たのはこれまであの人だけだったので、驚いてしまいました。

 終楽章はほぼアタッカで突入しました。前楽章の主題が次々と否定され、歓喜の主題が出される直前、永遠に続くかと思われる程の長い沈黙は息が詰まるくらい緊張感が張りつめたものでした。
 ここで独唱陣ですが、特に良かったのはバリトンの福島さんとソプラノの大岩さんで、バリトンは豊かな声量と芯があって伸びのある声がよく、ソプラノはきらびやかな声が非常に印象的でした。テノールのゼルキンさんは広がりのあるなかなかの美声でしたが、声の厚みが薄く少しだけ物足りない感じを受けました。メゾソプラノの手嶋さんの声はよく聞こえませんでした。(この曲では仕方がないか……)
 続いて合唱ですが、最初の Freude! からパワー全開で、男声も女声もしっかりと歌えておりました。(vor Gott! のフェルマータでは充分伸ばしきるのと同時にクレッシェンドも行い、ばっちり決まってました) また高い音域も喉で歌わず、腹から歌えていたのでかすれたり、金切り声になったりしなかったことも非常に良かったです。ただ各旋律線が混ざって聞こえてしまったので、発音等をパートごとに整えてもっと一本の旋律線をクッキリと出した方が良いと思いました。

 よく合唱が入ると妙にオケがおとなしくなるのですが、今日の演奏ではそういったことは皆無で、全パートが分厚く鳴っていて、トランペットなどコーラスを圧倒するかのごとく高らかに吹奏していて非常に気持ちよかったです。
 最後プレストになるとほんの少しだけ荒さが覗きましたが、プレスティッシモのなると火の出るような激しさで曲が締めくくられました。

演奏が終わって

 最後の音が鳴り響くと同時に爆発するような拍手が起こりました。ブラボー屋が生息していなかったためか派手なブラボーはなかったですが、思わず声が出てしまったかのような歓声も起こりました。
 佐渡さんはすぐさま独唱陣を呼び出し、後には合唱団に混じって歌っていた合唱指導の人を加えて、何度も何度も答礼に現れました。(指揮者ひとりで拍手を受ける、といった状況には佐渡さんがさせませんでした)
 いつまで経っても鳴り止まない拍手に困り顔の佐渡さんは最後に大きく「バイバーイ」と手を振り、コンマスが会場に一礼をして解散となりましたが、暖かい拍手は合唱団が全員退場するまで続けられました。

おわりに

 去年の公演は完成度において奇跡的なレベルでしたが、今年のものはそれから一歩進んだ深さを感じさせるもので素晴らしい演奏でした。
 扇情的な文章は嫌いで自身でも強く戒めているのですが、あえて書きます。佐渡裕のダイクは今日本一だと。彼以上のものを聴かす人がいるならどうか教えて下さい。
 もっとはっきり書くと、朝比奈隆が亡くなって以来、これ程の内容を伴った演奏を再び聴けるとは思ってもいませんでした。
 また来年も行きます。

 総じて、まさかこんな演奏を聴けるとは思ってもいなかった演奏会でした。

 さて次回は井上ミッチーと大フィルによるローマの松他です。さてさてどんな演奏会になるのか今から大変楽しみにしています。


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