さて、新幹線に飛び乗って六本木一丁目駅を出ると、ビルの谷間を抜け、サントリーホールに到着しました。ホール前に広がるあのカラヤン広場(笑)には開場を知らせるオルガンが鳴り響き、噴水が広場にアクセントを与えていました。またテラスを構えた大型喫茶店には多くのお客がいて、広場全体が非常に賑わっておりました。
ホールの中は木目調の明るい色合いですが、落ち着いた印象を与え、座席に座ると前の方にも関わらず、ステージが良く見渡せ、前席の人の頭がジャマになることはありませんでした。
音響の方は同じタイプのシンフォニーホールにおける音に包まれる様な感じはやや薄いもの、程良い減衰の効いた豊かな音がステージ上空に満ちる印象を受けました。
一方、椅子の座り心地はとても良く、正しい姿勢をちゃんと続けることが出来るものでした。ただし横幅の狭さは非常に辛いものがありました。前のスペースはギリギリ許容値内。
フルネさんが5日前の14日に90歳の誕生日を迎えました。ザンデルリンクさんが惜しくも引退してしまいましたので、フルネさんが現役世界最高齢となった訳ですが、その誰もが経験することは出来ない90歳の誕生日をここ日本で迎えてくれることがただ単純に嬉しく感じます。
しかしここ最近、目を悪くしたとのことで、曲目に大きな変更が与えられ、ベートーベンのピアノ協奏曲は梅田俊明さんが代役に立つ次第となりました。この日の譜面台には拡大コピーされた大きな楽譜が乗せられていたことも目のことを考えてのことでしょう。やはり年齢のことを考えると非常に不安になる変更とその理由です。
前回聴いたのが大フィルとのもので、その次の関西フィルをどうしても行けなかったことが悔しくて、今日はまさにラストチャンスだと思っての東京行きでした。(ちなみに私が東京まで聴きに行った指揮者の平均年齢は90.3歳……。ワハハ)
そうこうしているうちに開演時間がやってきました。客の入りは空席が固まって存在していましたので目立ってましたが、全体的には8割ぐらいだと思われます。
やがてコンマスが入ってくると軽く拍手が起こり、音合わせを手短に行うと、マエストロの登場をみんなが待ちました。
そうそう、ステージにはたくさんのマイクが立っていたので、この演奏会もCDで発売されるのかもしれません。
久々に見るフルネさんのテンポよくステージ中央に進む歩みは非常にしっかりとしており、それを見ると今までの不安はいっぺんに吹き飛んでしまいました。また今日は昼に行う演奏会(マチネ)ということもあり、男性は全員ネクタイ着用でステージ上に並んでいました。
まず弦とファゴットのユニゾンからフォルテになる瞬間の響きの優雅さに心を奪われました。少しも甘くなく、分厚く鳴っているのに非常にしなやかでしっかりとしたフォルムがありました。フルネさんの棒は振りが非常に小さく、要所以外では図形の大きさもほとんど変化しませんでしたが、動きはキビキビとしており、この序曲を緩むことなく一気に聴かせてくれました。
ただ管楽器はまだ楽器が温まっていないのか、アンサンブルにおける音色の溶け合いに若干の不満が残りました。
エマールさんのピアノは音の粒が良く立っていてコロコロと華麗に転がるものでしたが、決して軽くなく、適度なコクがあり、優雅さが漂うものでした。特に高音部の純度が高く、ハッとするような輝きがある本当に素晴らしいものでした。
一方、オケの方はどのパートも存分に鳴らしたものでしたが、内声部がモチモチと団子状になってしまい、聞こえて欲しいパートが響きに埋没してしまうものでした。
さすがに終楽章は音量的に大きな音が鳴っていましたが、オケに音楽を進めていく推進力に乏しく、平坦に進行していく印象がありました。またエマールさんもオケを引っ張っていこうとする意志は余りないようで、結果エマールさんの美しいピアニズムを聴くだけだったのが残念でした。
それでも曲が終わった後の拍手は凄く、何度もソリストを呼び出したものとなりました。またなぜかフルネさんも一緒に登場し、エマールさんと握手を交わしたりしてました。
やがてエマールさんはピアノの前に腰をかけると「リゲティ、エチュードNo.17」と曲目を告げ、アンコールが始まりました。
曲自体はまあ現代音楽でしたが、ベートーベンでは聴けなかった低音の凄い唸りが聴け、憂さを晴らすかのようなダイナミックな弾きっぷりに耳を奪われました。
さて後半ですが、弦の数が増えたこともあり、1曲目の冒頭から非常に充実した響きがオケからし、さっきのベートーベンは何だったんだと思いました。弦の鳴りの良さとアンサンブルのまとまりは非常に見事でしたが、木管とトランペットのアンサンブルに変な雑音が混じることに“?”が湧きました。それぞれのソロを聴くと、とても良い音を出していると思いましたが、オケ全体から見ると違和感を覚えるものでした。
多分倍音成分に各個人のムラがあり、それが重なったときに響きを曇らせているのでしょう。これを解消していくことがオーケストラ特有の音色を作っていくことだと思いますので、頑張って欲しいものです。
アルルの女とルーマニア狂詩曲の両方ともフルネさんは鉄のようなインテンポを守り、強固なフォルムを堅持していました。また音色は「フィガロの結婚」序曲時のそれが戻り、キビキビとしたリズムの中に歌があるものとなりました。特にアルルの4曲目と狂詩曲のクライマックスはダイナミックに鳴り響き渡りましたが、それにまったく無理がなく、うるさく感じることはありませんでした。非常に重量感あるクライマックスとなりました。
曲が終わると熱狂的なものはありませんが、ブラボーの声も掛かり、暖かい拍手は消えることなく続けられ、客席からはフラッシュがバシバシ焚かれました(オイオイ)。
フルネさんが一旦退場したスキに、コンマスが指で何やら番号をオケに示し、楽譜をめくりだしました。どうやら練習番号を合図したようです。やがてフルネさんが現れるとスッと指揮台に登り、アンコールが掛かりました。
エネスコ…ルーマニア狂詩曲第1番より後半部分
今回はタクトを持たずに指揮を行いましたが、これも力強く盛り上がると、またもやワッと拍手が湧き起こり、もう一度答礼を行った後、オケも解散して演奏会の幕が降ろされました。
今回の曲目変更に「もうダメか」と思ったりしましたが、ステージを進む歩みや指揮姿を見ると「まだまだ行ける」と思えるようになりました。
秋にはチェコフィルと再来日ということですが、まずは大丈夫だと思います。
ただ、この日は結局フルネさんの出番は35分程だったのが非常に残念で、同時に寂しくも思いました。
総じて、至福と寂しさを味わった演奏会でした。
さて、次回はついに大阪フィルの新音楽監督が私達の前に現れます。
バイロイトにも日本人として初めて指揮台に登ることが決まった大植さんがいったいどんな音楽を聴かせてくれるのか非常に楽しみです。