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ロシア・ボリショイ交響楽団“ミレニウム”
大阪公演

日時
2002年9月28日(土)午後5:00開演
場所
NHK大阪ホール
演奏
ロシア・ボリショイ交響楽団“ミレニウム”
指揮
西村智実
司会
姿月あさと
曲目
ワーグナー…楽劇「トリスタンとイゾルデ」より 前奏曲と愛と死
ラヴェル…亡き王女のためのパヴァーヌ
ラヴェル…古風なメヌエット
ショスタコーヴィッチ…交響曲第5番
座席
1階F7列34番

思えば遠くに来たもんだ

 わたくし事ですが、今日の演奏会が通算100回目のコンサートとなりました。98年9月のオーケストラ・アンサンブル金沢が最初ですから、4年で100回、年平均25回の計算です。(98年10回、99年19回、00年36回、01年29回、02年6回。やはり99年10月〜01年9月がピークでしたね。この24ヶ月だけで72回……)
 振り返ると、伝説に立ち会えたものや、未だに胸が熱くなるものなどがあり、当時の自分の心境も合わせて当時の感情がクッキリと思い浮かびます。
 めっきり行く回数は減ってしまいましたが、続けることが重要だと思いますので、これからもよろしくお願いします。

ホールにて

 地下鉄谷町4丁目駅の9番出口を出ると目の前がNHK大阪ホールでした。エントランスをくぐるとNHKの番組宣伝をするブースがあり、併設している歴史博物館との間にあるエスカレーターを登ってホールがある3階へと向かいました。総ガラス張り吹き抜けのエスカレーターホールをエッチラオッチラ登っていくと大阪城をすぐそこに見ることが出来ました。
 まだ新しい感じがあるホールの中は木目調でしたが、黒めの木を使っているため全体的に沈んだ印象がありました。(よく言えばシックな感じかな)
 パッと見はシンフォニーホールのサイド席がない感じと同じですが、ここは多目的ホールなので音響的には誉められたものではなく、残響らしいものがほとんど感じられないのに加え、ステージ上の微細な音を細かく拾いすぎて、普段なら気にならない楽譜をめくる音や水抜きをする音などがやたら耳に付きました。
 今回の席は前から7列目の一番左だったため、コントラバスの真ん前でした。そのためチェロの音は楽器の裏側から出る音で、管楽器の音はすべて弦楽器奏者越しに届くためくぐもった音にしか聞こえませんでした。それに加え、ステージが高い場所にあるため常に上を向いていなければならず、首が痛くなってしまいました。(椅子がそういう姿勢に対応していないのは言わずもがな)

 今日のコンサートで気になる“司会:姿月あさと”の名前なんですが、要は今日のプログラムをお客に朗読するだけの役割でした。なんでもロシアでは曲目を紙で配ったりせず、司会が口頭で説明するのが伝統なんだそうです。
 ということで、姿月さんはワーグナーの後とショスタコの前の2回の登場となりました。(この時オケは全員退場)
 しゃべる内容はプログラムに書いてあるものとほぼ同じで、西村さんの師ムーシンさんとショスタコが音楽院での同級生で友達だったことと、今回の演奏はムラヴィンスキーが使用していた楽譜を基にしていること、が新たに言ったことですが、これも別段目新しいことではありません。
 ちなみに姿月あさとさんは元宝塚のトップで、今は歌手などをしています。
 どうでも良いことですが、ホン読みは事前にしときましょう。余りにもぎこちなさ過ぎです。

 ホワイエには今日のコンビによるCDと西村さんの写真集が売られていました。普段プログラムは買う方なんですが、さすがに写真集1,800円には食指が動きませんでした。買うと指揮棒が当たる抽選券が付いてあったようですが、私にはどうでもいいことでした。買う人のほとんどがオバチャンでした。
 客席を見ると1階席こそ9割弱の埋まり様でしたが、2階席は見事にガラガラで、普段とは逆に値段の高い席から順に埋まっていったような感じがしました。またオバチャンが妙に多い客層もいつもと違う感じです。

前半の3曲

 コンマスが現れ、音合わせをするとすぐさま西村さんが登場しました。黒の燕尾服でしたが、上は詰め襟で蝶ネクタイはしてませんでした。スラリと背が高く美人さんなので、たしかに宝塚みたいだ。この人が首席指揮者に就任したときは大変なニュースになりました。(私は女性指揮者というと松尾葉子さんを思い浮かべます。この人のマーラー4番をテレビで聞いたことを未だに覚えています)
 やがて西村さんは拍手に応えるとクルリと背を向け、オケに向かいました。

 指揮棒を持たず(ショスタコの第1、2楽章のみタクトを持ちました)、ピッタリ合わせた両の手のひらをゆっくりと開くと静かに音楽が始まりました。
 ワーグナーの最初、弦と木管が呼応する際の間の取り方は日本人を感じさせましたが、妙に音量が小さいのが気になりました。またスローテンポの神経質な音だったので、弱音での美しさを狙う作戦なのかと思いましたが、結局最後までそのままだったため、この時点で西村さんの解釈に疑問を持ちました。他の2曲も同じでしたが、旋律線にアクセントが全くなく(舞曲では命取り)、全体のメリハリも欠けていました。
 雄大さに欠けたワーグナーと精緻さに欠けた緩いラヴェル、グッと引き込まれる所がありませんでした。

ショスタコーヴィッチ…交響曲第5番

 15分間の休憩の後、姿月さんがナビゲーションをして後半が始まりました。
 今日の演奏はムラヴィンスキーが使っていた楽譜を参考にした演奏だそうでしたが、ムラヴィンはロマンティックな情感を排した古典的で厳格な音楽作りをしており、ゆっくりと進められる音楽は緊張感を最後まで持続し、かつ全体の構成を完全に把握していないとまともに聞かせることが出来ないアプローチをしています。
 残念ながら今日の演奏はそれがまったく出来ておらず、例えば音の強弱についても、単に「はい、フォルテシモになりました。はい、ピアニシモになりました」という感じにただ音量が増減するだけで、それらに有機的な繋がりがまったくありませんでした。
 一方、オケにフォルテシモで吼える技量がなく、盛り上がりをみせる箇所では打楽器だけが異常にデカイ音で打ち鳴らされるだけで、ただうるさいだけでした。(打楽器はあれぐらい鳴らさないと迫力も何もないので、要はオケが打楽器を支えることが出来なかった)
 結局、最初に思った「最弱音の美しさにこだわった」演奏ではなく、ただデカイ音すら鳴らせないため全体のレベルを下げただけだったようです。
 一応、第3楽章以降は大きい音を出そうと頑張っていた(特にコンマス)ようでしたが、ゆるゆるの構成と合わせて何ひとつ聞くべき所がありませんでした。

アンコール

 拍手に応えて西村さんが呼び出されます。そして弦のトップとサブが西村さんの手にキスをします。西村さんも各パートを順に立たせて讃えます。
 3度目に登場した時、拍手を抑えるようにジェスチャーし、やや小さめの声でこう告げました。
「アンコールとしてチャイコフスキーのアンダンテ・カンタービレを演奏します」
 アルトの声でした。
 アンコールとしてチャイコの弦楽四重奏曲から緩徐楽章が演奏されました。ヘイ、コ〜ラ。
 気になったのはこのとき管楽器と打楽器全員がステージ上にもう誰もいなかったことです。コントラバスも出番はなかったのにまだ残っていましたが、他のパートは早々に退場しておりました。
 アンコールはオーケストラが拍手に感謝して行うものであって、出番はなくてもステージ上に残るべきだと思います。こんな所にもアンサンブルがバラバラだったことの理由が表れていると思います。

オーケストラについて

 余り悪口は書きたくないのですが、このロシア・ボリショイ交響楽団“ミレニウム”はオーケストラの形態を成していないと思いました。何より弦楽器は弦だけ、木管楽器は木管だけ、金管楽器は金管だけ、のアンサンブルは余りにも稚拙で、お互いの音を聞き合おうという姿勢が皆無でした。
 ビオラの誰かは知らないが、延々とピッチの狂った音を出していて聞き苦しかったでした。(普通「やばい」と思ったら、こそっと直すでしょ?) またピアノとチェレスタの人(多分兼任だと思うけど)は「校庭10周」級のミスを連発して、正直お金を取れるレベルではありませんでした。
 良い楽器を持っていないようなので音色自体に輝きがなかったことには目をつぶるとして、アインザッツの揃わない弦、音が取れなくてフラフラする金管、ぶっきらぼうでデリカシーのない木管、乱暴にひっぱたくだけの打楽器、どれもどうしょうもありませんでした。せめて一所懸命やってればそこを誉めようと思いましたが、それもなし。結局アマオケに毛が生えたようなものでした。(いや、各プレイヤーの指の回りはそこそこでしたが、アンサンブルのまとまり具合ではアマオケにも劣る)
 こりゃ、そうとう練習で絞らないと(また絞れるような指揮者じゃないと)このオケの未来はありそうもないと思いました。
 西村さんも茨の道を選んだ様です。(まあ百も承知だろうけど)

おわりに

 NHKを後にしましたが、裏の楽屋口には出待ち(ホントは握手会)のオバチャン達が長蛇の列を作っていました。また大型バスが3台ほど待機しており、このあと楽員の人達を東京に運ぶのでしょう。次の日には東京でコンサートというハードスケジュールは外来オケの宿命ですが、やはり大変ですね。

 総じて、西村さん、こりゃ大変ですよ。

 さて次回は、コバケンのマーラー3番です。コバケン必殺のマーラーで、しかもあまり取り上げない3番とあっては行かないわけには行きません。またポストホルンはチェコフィルの有名な人らしいので、それも目玉のひとつだと思います。


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