この演奏会が101回目のコンサートとなりますが、これが名古屋に転勤となって初めての演奏会in名古屋となります。しかし正直言って自分が名古屋文化圏で生活しているという自覚は若干薄いと思います。なぜかと言うと、仕事を山奥でしている(携帯入りません)ので、ほとんど街には出られないと言うのに加え、やっと取れた休日は実家へ帰っちゃうので、未だに関西圏に所属しているような気がするためです。(地元の人は名古屋弁の人が多いので、やはり文化の違いは感じます)
まあ色々とありますが、不屈の精神で頑張って行こうと思います。
「ボクは死にましぇ〜ん!!」
―――ゴメン。
名古屋地下鉄の栄駅4番出口を出ると、賑やかな繁華街のど真ん中に出ました。(とは言っても大阪のゴミゴミした感じはないです) 歩道橋のゆっくりとした坂を上っていくと、左手にテレビ塔がライトアップされているのが見えました。歩道橋は豆腐みたいな大きな建物の2階につながっており、一面ガラス張りのエントランスをくぐるとそこが愛知県芸術劇場のある愛知芸術文化センターでした。
ここはコンサートホールだけではなく、演劇場や美術館などがある一大芸術センターと呼べるところでした。
この日も名古屋フィルの演奏会だけでなく、他のクラシックのリサイタルも開かれていて、入り口のフロアーはごった返していました。全階ぶっ通しの吹き抜けに中央の大きな樹木と天井からぶら下げられた巨大なオブジェ、それと高速で上下するむき出しのエレベーターが非常にカッコいいデザインとなってました。
エスカレーターを乗り継ぎ4階に着くと、そこがコンサートホールの入り口でした。
それほど広くはないホワイエですが、こざっぱりとしていてキレイでした。なにより名古屋の夜景が一望できるビュッフェがとても良く、この日は営業してませんでしたが、おしゃれな雰囲気でした。
一方、ホワイエの片隅では係員が
「本日公演終了後、指揮者の小林研一郎さんとソリストのミロスラフ・ケイマルさんのサイン会が行われます。整理券となるCDをこちらで販売しておりますので、どうぞお求めになってください。なお、数には限度があり、どちらも先着60名様に限らせていただきます。ご了承ください」
と、声を張り上げていました。
サイン会の対象となるCDは6種類ほどで、それぞれのCDについて1列に並べるようロープを張って区切っていました。のぞき込むとコバケンさんのパッサカリヤやブルックナー8番などがありました。どうしようかと思いましたが、今回はパスとしました。
一方、こことは別の所にもCDが売られていまして、そこには名古屋フィルの自主制作物やコバケンが妹さんと一緒に録音した自作の歌曲集なんかが並んでいました。
さて開演時間も近付いたので、座席に着きました。
このホール朝比奈御大のCDによって随分と馴染みがあるつもりでしたが、「ここが朝比奈隆最後のステージとなった場所か……」と思うと何やら感慨深くなってしまいました。
しかし最初に驚いたのは音響の素晴らしさです。美しくよく伸びる残響はキラキラしており、大阪シンフォニーホールと肩を並べる美しさです。(音のキャラクターは違いますが) CDで聞く音は頼りないものでしたが、実際に耳にする音はまったく違っていました。シンフォニーホールでの録音もたいしたものが少ないのと同様、残響の長いホールは録音には向かないのかもしれません。
ホールのタイプはシューボックス型と呼ばれるもので、いずみホールを大きくしたもの(1,800席)が基本で、これにシンフォニーホールの様な舞台後ろの席を加えた形となっています。正面にはパイプオルガンが鎮座しておりました。
座席は最前列のやや右寄りで、チェロの真ん前でした。前は足が余裕で組めるくらい空いていましたが、ステージの高さが非常に低いため、手を伸ばせばチェリストが持つ弓をハシッと掴むことが出来る距離でした。
実際、演奏中はチェロの人達のしていることが異様に耳につき、「あ、今アインザッツが揃わなかった」「あ、今何番目の人が出だし間違えた」「あ、何番目の人ピッチ違う」「う〜、指がフレット板を叩く音が気になる〜」と集中を妨げることが何度もありました。またステージの様子はチェロの影となってほとんど見えませんでした。
一方、椅子の座り心地はあまり良くなく、お尻が前にずってしまうのに加え、座面がやや低いため足を投げ出すカッコとなり、長時間座りっぱなしは辛いものがありました。
ステージを見ると天井から大きなメインマイクがぶら下がり、サブマイクがオケと合唱に向かって数本立っていました。どうやらこの演奏会は録音されるようです。FM放送用なのかCD用なのかは判りませんが、期待しても良いと思います。
客席を見渡すと、全席のほとんどが埋まっていて、この日は当日券の発売もないくらいの満員御礼でした。
開演のブザーが鳴ると、団員が集結し、最後にコンマスが入場すると音合わせが始まりました。このコンマスさんは大変エネルギッシュな方で、非常にハキハキとしたアクションでオケを引っ張っていました。
照明が徐々に暗くなり、音合わせも終わり場内が静かになるとコバケンが登場し大きな拍手が湧き起こりました。今日もコバケンは暗譜で指揮をします。あと指揮台の裏には水の入った500mlのペットボトルが置かれていました。
ホルンの斉奏で第1楽章が始まりましたが、思ったより速めのテンポでハキハキと進められました。最初こそはややぎこちない感じがしましたが、第2展開部でマーチが出てくる頃には音楽が生き生きと動き出しました。ただ名古屋フィルの限界なのか、同時進行する2つの行進曲の両方を克明にするまでには行かず、どちらかが他方に引きずられる形とはなりましたが、曲が進むのに連れグングンと良くなり、音色に硬さが取れこのオケ独自の音を感じさせるものとなりました。特に展開部最後の盛り上がりは凄まじい迫力があり、引き込まれるものがありました。
コーダではアッチェレランドがかけられ、グングンとテンポアップする中、オケ一丸となってクライマックスを作りました。最後のフィニッシュは弦楽器奏者全員の弓がピシッと天に向かって突き上げられ、思わず拍手してしまった人も2,3いました。それにしても天井に向かってゆっくりと減衰する残響は得も言われぬ心地よさがありました。
第1楽章が終わると、コバケンはビオラにタクトを預け、自分は指揮台横に置いてあるアルトの席に腰掛けました。そして汗を拭うと、ベットボトルの水をぐいっぐいっと1/3ほど飲みました。
そして舞台脇に合図を送ると女声合唱と児童合唱が静かに入場し、オルガン前の席に腰を降ろしました。
第2楽章のは軽く演奏されるものなのですが、前楽章の好調さを受けてか、この楽章も生き生きと演奏され、緩んだ印象は受けませんでした。メヌエットの優雅さは薄いと思いますが、ひとつひとつの音符をしっかりと力を込めて弾いていたような感じを受けました。
この楽章が終わると、コバケンは再び指揮台を降り、ベットボトルの水を半分ちょっと飲みます。自分の横に空いた椅子を指差し、「ここに(アルトが)来ますから」とチェロのトップに言いましたが、チェロの人も判り切ったことにただ頷いただけでした。
やがてアルトソロの坂本さんが登場し、2階の上手側にポストホルン用の譜面台が用意されると第3楽章が始まりました。
ポストホルンソロのケイマルさんですが、まずその音色の柔らかさに感心しました。(楽器がポストホルンだったかはよく判りませんでした) そしてその柔らかい音色に反して音量は大変豊かで、オケ全体の音量と比べても遜色ないくらいでした。やはり一流は大きな音できれいな音を出せるんですね。(ロシア・ボリショイ交響楽団“ミレニウム”とは雲泥の差を感じますね。まあ名フィルもそうですが) またそれでいながらオケと縦の線を要所でピッタリ合わせる所など、本当に上手い人とそうでない人との差を如実に感じさせるプレイでした。
ただケイマルさん、ちょっと音がふらつき気味だったのが残念でした。そして出番が終わるとすぐに姿が見えなくなり譜面台も片付けられました。
音楽の方は完全にポストホルンに食われた感じがしました。しかしコーダでは第1楽章と違ってアッチェレランドはほとんどかけられず(普通はかけるものですが)、非常に力強く終わりました。
スケルツォが終わるとコバケンはペットボトルを9割ほど飲み干し、汗を拭います。そしてアルトの坂本さんが立ち上がると第4楽章が始まりました。
その坂本さんですが、技巧的には何の問題もなく見事な歌唱でしたが、個人的には少し声がキラキラしていて沈み込むような深さがなく、この曲を歌うには明るいと思いました。
続いて演奏される第5楽章は女声合唱が大変素晴らしく、特にソプラノの声が美しく、非常に清々しく心地よい楽章でした。児童合唱も出だしは大変良かったのですが、途中でその元気がなくなってしまったのが残念でした。
そして最後のアダージョが静かに始められましたが、座っている場所のせいかチェロがやや大きすぎる感じを受け、弦全体も少しピリ付いた音がしていました。しかし山場をひとつ迎えるたびにアンサンブルも安定感が出て、一体感が出てきました。CDや他のオケで聞くコバケンのマーラーに比べて対位法の描き込みは幾分甘いと思いましたが、旋律線を力こぶ作って弾いているような力強さと律儀さはこのオケ独自のカラーだと思いました。
途中大きなクライマックスが築かれるとフルートのソロが吹かれ、続いてトランペットのソロが高々と吹奏されると、やがてこの曲も最後のクライマックスがやってくるのですが、ここのトランペットソロの気高さと優しさは凄まじいものを感じました。
そのコーダでは、強大なクライマックスとまでは行かないもの、ツボにはまった盛り上がりは息をつく暇を与えないものでした。
ここまで100分かかっているはずなんですが、それを一切の緩みを感じさせず、非常に短い時間のように感じさせてしまうあたりさすがコバケンだと思いました。
最後の和音が目一杯引き伸ばされると、一瞬だけ間が開いて「ブラボー!!」の歓声と拍手が爆発しました。ただ欲を言えば、まだ残響がホールの中に漂っていたので、もう少し余韻が欲しかったです。それにしてもかっこいい「ブラボー」はなかなか聞けませんな。また最前列中央の男性が間髪いれずに立ち上がり拍手を送ります。(関係者?)
「ありがと〜ございました〜」
と弦楽器のトップ2人に握手して回るコバケン。わざわざコントラバスの所にも足を運び、握手を求めます。
やがてコバケンさんはオーケストラのなかを掻き分けるように動き回り、弦以外のパートをひとつひとつ立たせて行きます。まず最初にトランペットの人が立ったようなのですが、この時ものすごい喝采が起きました。「なんだ?」とチェロ越しに目を凝らすと、どうやらケイマルさんがいつの間にかトランペットパートに混ざっていたようでした。(まったく気づきませんでした) ひょっとするとあの終楽章でのすごいトランペットソロはケイマルさんだったのかも知れません。
途中、合唱団を指導した人がステージに上がりかけた時、
「ちょっと待って!」
とコバケンさんが上手に向かって制しました。まだ儀式は終わってないようです。
やっと全パートを立たせたので、合唱指揮の人もステージに登場してきました。
まだまだ拍手が続く中、コバケンがそれを制しました。例のアレです。
「昨日のことなのですが、練習中に、こう突然、音が変わったのを感じました。それは終楽章の時でしたが、その大変美しい音に私は……マーラーが降りてきたと、(会場からほんの少し笑い) いえ本当にこの時私はそう思いました。
2004年に向かって、この素晴らしいオーケストラと共に臨みますので、これからもよろしくお願いします」
と挨拶すると全員で礼をして解散となりました。
今日は“ラスト○秒をもう一度”のアンコールは無しでした。(さすがにチェコフィルの人が混じっていたからやらないでしょう)
オーケストラに続いて合唱団も退場しだすと、ステージ上も寂しくなってきました。ふと見ると指揮台の裏にコバケンが飲んでいたペットボトルがそのままにしてあります。
周りには誰もいない……。
そっと手を伸ばして、ペットボトルをかばんの中へ……というのは冗談ですが、もし私の手元にそのペットボトルがあったら欲しい人いました? (冗談ですよ)
総じて、玉石混交の演奏会でした。
さて次回はヤルヴィとエーテボリ交響楽団によるシベリウスのVn協とマーラーの1番です。良い仕事をすることについては間違いないこのコンビです。非常に楽しみにしています。