今日の演奏は朝比奈にとってシンフォニーホールで振る初めての(へたすると唯一の……)5番だそうです。また大フィルとの5番も、前回は90才記念公演(CD化されてます)で振って以来ですから2年以上の開きがあったことになります。
ですから聴衆の期待は尋常ではなく。補助席が出されるのはもちろんのこと立ち見が出て、会場の雰囲気は少々異常なほどハイテンションでした。
今日が今年一連のブルックナーチクルス中最大の山場でしょう。え? サントリーホールのブル8? 今日の重さに比べると全然ですね。
舞台の上には朝日放送のテレビカメラが並び、天井からはたくさんのマイクが吊されていました。この日の模様はABCによって放送され(放送日未定)、CDがEXTONによって発売されることが決定しています。(同じ曲目の福岡公演は録音しないそうですから、今日の演奏が収録されます)
時間が迫ると次々と団員がステージに現れましたが、壇上は演奏者がステージから落っこちそうなくらいぎっしりと詰まった感がありました。
終楽章で参加する金管の増強部隊の椅子もあり、この人達は第2楽章のあとステージに登場しました。
やがて会場の照明が落ちると、全員が息を呑み御大の登場を待ちます。やがて扉が開かれて朝比奈御大が登場しましたが、テレビカメラの台がジャマですぐに御大の姿を見ることが出来ず、拍手が御大の姿が見えた順(Rサイドから正面、Lサイドの順)に起こっていきました。
朝比奈御大が静かにタクトを構えると場内にピリッと空気が流れました。
この演奏会のチケットを買い求めるとき、チケットセンターに予定演奏時間が掲げてあったのでしたが、それが8番の80分に対し、今日の5番はなんと100分となっていました。ブルックナー最大規模の8番より20分も長いことに驚きましたが、最近速めのテンポを採ることの多い御大がこの曲だけは往年のスローテンポに立ち戻るのかとちょっと期待していました。
それで低弦のピチカートから第1楽章が始められましたが、懐深くて繊細な響きのなか十分に間合いを取った堂々たるアダージョが流れ出しました。金管によるコラールが出る寸前の全休止では舞台、客席合わせて御大の一挙一足に集中し、緊張がホール内を駆け巡りました。(ホントはコンマスの弓に注目してました。だってコンマスが「キー」って音を立てたら、「ド〜ン」とフォルテシモが鳴ってたでしょ?)
テンポはこちらの期待通りゆっくりとしたテンポが採られ、各モチーフ間でのテンポ変化も最小に押えられたものでした。御大の棒も上下にしっかりと振られ、気迫のこもった指揮ぶりでした。(いわゆる“叩き”と呼ばれる動作だけで、終楽章に至ってはほとんどひとつ振りでしたが、オケの方は特にどうってことのないように見えました。)
大フィルもまだ始まったばかりということもあり全開で飛ばすことはなく、金管などにやや音の硬さを残したものとなりました。しかし昨年のベートーベンチクルスのように完全な手探り状態で進められる雰囲気は薄く、幾分確信を持って進められていたように感じ取れました。今回はちゃんとリハーサルが出来たのでしょう。
続く第2楽章は最近の朝比奈御大の特色である枯れ切ったなかにもしみじみとした美しさがにじみ出る演奏でした。過去の演奏のように雄々しいものではありませんでしたが、浸りこめるものだったことには間違いありません。あまり語られないことですが、切なさいっぱいに響く弦はこのコンビだけでしか表現できない美しさでしょう。
そして第3楽章はテンポの緩急が頻繁に入れ替わる楽章で、事故の起こりやすい音楽なのですが、今日は聞いてる分にはなんの不安もなくツツとテンポが変わります。ただダ・カーポしたスケルツォがやや前半に比べてほんの少しスケールが小さくなってしまって、ちゃんとしたシンメトリーになっていなかったような気がします。ひょっとして金管を少し抑えたからかもしれません。
フィナーレに入ると、こちらの興奮もグングンと上昇して上がっていきます。大フィルも最初から高いテンションを維持して演奏していました。
この長大で複雑な構成をしている終楽章を一切の緩みなくグイグイと進めることが出来るあたり“さすが、朝比奈”でしょう。特に第3主題を提示したのち現れる(以後何度も大事な局面で現れます)コラールの処理など素晴らしいと思いました。ただフーガの処理ではヴァントの気持ち悪いくらい旋律線がくっきり浮かんでくる演奏を聞いている耳にはもう少しがんばって欲しいような気がしますが、これは日独間の民族性の違いで現在では仕方ないかもしれません。
終楽章の最初こそゆっくりめのテンポでしたが、音楽が進むにつれだんだんとテンポアップしていきました。それに連れて会場のボルテージも上昇し、もう完全に御大の造り出す世界に引き込まれてしまいました。
そしてコーダで金管の増強部隊が参加する直前の上昇音形では、次の瞬間到来するカタルシスの予感に「来るぞ、来るぞ」と背中がゾクゾクとしてきて、その金管がついに爆発すると「き、来た〜っ」と興奮も最高潮になりました。奇跡がやってきました。
今まで黙っていた楽器が参加してきたため、金管に硬い響きが混じって純度が落ちましたが、やはり倍管の威力はすさまじく、私をイスに縛り付けたまま忘我の境地へといざなってくれました。不覚にも涙が込み上げます。この瞬間、私は確かに幸せでした。
第1楽章の主題をかなりのハイテンポにて高らかに繰り返すと、全楽器で畳み込むようにこれを斉奏し、冒頭のピチカート主題を叩きつけます。この時私の胸はこれだけのものを生で聞くことが出来た感動でいっぱいになりました。
渾身の大ユニゾンが響きわたると3秒ほど場内が静まり返りました。
こっちの方が奇跡だ!!
和製ラテン人が多いこの大阪でこの現象はまさに超常現象。この事実だけで今日の演奏がどれだけ素晴らしいものだったか分かるはずです。(バカにしてんのか?)
爆発するような拍手が沈黙のあと起こり、92歳の指揮者に称賛を送ります。御大は2回答礼に現れた所でオケが解散しましたが、当然拍手が鳴り止むはずはなく、ステージ前に詰め掛けた観客が御大ひとりを呼びだしたものとなりました。
「マエ〜ストロ、ブラ〜ボ」と歓声を上げる人もいて、大きな拍手が御大を包み込みました。(それにしてもこの歓声、真横で聞いているとかなり鬱陶しいものでしたね。本人は陶酔してたようですが。御大も「なんだ?」とそちらの方向を何度も見てましたね。こんな思いをしたのは私だけですか?)
かなり疲れた(下手するとげっそりとした)表情をしていたのが不安になりましたが(答礼2回で解散もそれが理由だと思う)、それでも御大は長時間ステージに立って拍手に応えてくれてました。
御大が引き上げると観客も満足した表情で会場を後にしました。
朝比奈による大阪フィルとのブルックナー5番には現在3枚のCDがある。
1.1978年1月25日
2.1994年6月27日
3.1998年7月16日
新日本フィルよる92年盤を例外とすると我々は今まで朝比奈/大阪フィルの5番についてだけは決定盤には恵まれないでいた。
2のポニーキャニオン盤は響きは非常に立派だがいささか即興的で細部が荒く、3の毎日放送盤は録音の彫りが浅く、全体に枯れきった風情で味が薄く、どれも推薦までには至らなかった。そこで今までは仕方なしに1のジャンジャン盤を準推薦として挙げる他はなかった。
しかし今回登場したエクストンによるこのCDには92歳の指揮者の音楽とは思えない生命力がみなぎり、たった今ここで生まれつつある音楽を聞くような新鮮さがあふれたものとなった。
確かに年齢からくる体力の衰えから、最近では彼の演奏を楽しみとしている我々としても不本意な結果となることもままあるが、それは決して朝比奈の音楽が衰えたことを意味しているのではないのだ。終楽章の練習番号Z564小節での力のこもったfffを聞け! ここには70年代の胸をわくわくさせるような躍動感をいっきに取り返した朝比奈の姿がある。
自らの心の動きに身を任せながら造型の厳しさと音楽美がまったく損なわれない様はまさに90才を越えて初めて獲得しえた至芸と言えよう。
ブルックナーの5番としてはヴァント/ベルリンフィル、ヨッホム/ドレステン国立管弦楽団、朝比奈/新日本フィルが従来のベスト3であり、これに今回の朝比奈/大阪フィルが加わったが、音楽の瑞々しさではベスト・ワンCDにあげる人も多いに違いない。しかしそれぞれ別の美点を備えて一長一短なだけに、ブルックナーを愛する者としては4枚とも持っていたい。
いしだ・こうぼう
(……一応断っておきますがパロディですよ)
総じて、雄渾なる音楽に心の底からしびれた演奏会でした。
さて、この演奏会には続きがあります。
大阪国際フェスティバル4日目のブロムシュテット&NHK交響楽団のニールセンがそうです。
これを読んでぜひあきれて下さい。
あ、もう6時40分だ。フェスティバルホールへ急ごうっと。
これをアップした後、いろいろなサイトを巡回しましたが、お客とプレイヤー合わせてこれほど意見がバラバラな演奏会も珍しいですね。あと大阪と福岡とを両方聞いた人の評価も全然違う。
100人が100人とも「イイ」って言うものなんてホントは「毒にも薬にもなりゃしない」ものだと思っていますので、この意見の相違はとても好ましいと思います。