ハンガリーのオケと言えば、ハンガリー国立交響楽団がなじみ深いですが、今日のオケはどんな演奏を聞かせてくれるのでしょうか楽しみです。
ハンガリーと言えば日本や中国と同じく姓−名の順番で表記する国なんですよね。……それがどうしたと言われると困るのですが、親近感が湧きませんか?
それにしても常設のオケに“祝祭”なんて名前を付けるものなのかな?
席に着くと奇妙ようなモノが目に付いた。それは指揮台の真横にデンと置かれた見慣れない楽器で、あわててプログラムをめくると「チェンバロン」と書かれていた。じっくり観察してみるとピアノの弦をバチで直接叩いて音を出す感じの楽器みたいだ。アンティークな家具に付けられるような装飾が施されたその楽器がハンガリーの民族楽器だと言うことにはすぐに分かったが、それがどこに使われるのかは皆目見当が付かなかった。バルトークにでも使うのか?
指揮者であるフィッシャーといっしょに腹周りの立派なおじさんが登場した。この人がチェンバロン奏者のようだ。
しかしこのおじさん、演奏が始まるとバチを持って勝手に楽器をトテテと叩き始めた。しかも音量を思い切り絞ってほとんど聞こえない位でやってる。さらにこれが全くのアドリブで演奏しているのに気付くと「なにやってんだ? この人」と思い始めた。オーケストラの部分も少しアレンジが入っていて、先の見えない演奏にワクワクしてくる。
そのうち急にオケが静まると、突然チェンバロンの即興演奏が大音量で鳴り渡った。そうか今までミュートしていたのか。
コロコロと良く音が転がるのにどこか野性味ある粗雑さがあってとても楽しめたソロだった。
曲が終わるとワッと拍手が起こった。ほかの観客も驚きつつ楽しめたようだ。
しかしオケの方はあまりテンションの上がった演奏ではなく、そつのない優等生的なものだったのが気になった。
チェンバロンの人が退場し、オケのメンバーが交代して編成が変わると、コンダクターに手を引かれて今日のソリストが登場した。
髪をポニーテールに結わえ緋色のドレスを身にまとい、颯爽と登場する姿は凛々しかった。
何より驚いたのはドレスの背中がガバチョと開いていることで、膝まであるスリットからのぞく足が細いのに筋肉でしまっているのがまぶしかった。
ただキュッと上がったおしりにパンツの線が見えてなかったことまで監察していたことは君と僕との内緒だ。
見てくれを誉めても仕方ないので演奏の方に話しを移すと、まず第一に音色の美しさが挙げられる。チャイコフスキーコンクール優勝は伊達ではなく、今まで生で聞いてきたどのヴァイオリニストよりも美しい音で感心してしまう。繊細で絹のような手触りがあり、透明感があるのに独特の薫りを持つ。なるほど、世界のレベルはこんな音か。
またテクニックも完璧で、どんな音域でどんなに速いフレーズを弾こうとも旋律が怪しくなったり、音が曇ることは皆無。まあ、パワーで和音を弾きまくるチャイコフスキーのコンチェルトでは印象が変わるかもしれないが、今日の演奏では感心しきりだった。
しかし、ただそれだけで、音楽に命が全くこもっておらず、単に美音が鳴っているのみの音楽だった。特に演奏に自己主張がなく、協奏曲の独奏部がオーケストラの1パートのように感じてしまった。「私の音楽を聞けぃ」といったエゴイスティックなものの欠如はソリストとして致命的な欠点だと思う。音色の美しさに気を配ることは大変素晴らしいことだが、音楽はそれだけではない。
曲の方も書いておくと、独奏Vnのつぶやくようなソロから始まり、それに弦楽器が少しずつ少しずつ楽器を増やし絡みついていく第1楽章冒頭が非常に美しく、バルトークと聞くと思い浮かべるあまりにも晦渋な印象がこの曲ではかなり薄らいでいた。これで独奏Vnが浮かび上がるように聞こえてきたらなお良かったのに残念だ。
拍手の中再びソリストと指揮者が登場してツィゴイネルワイゼンが始まった。
独奏者の特長はさっきと同じなので書く気はないが、オケの方も音に粘りがなく、ジプシー音楽の持つ独特のねちっこさをほとんど感じさせない演奏だったのは幾分期待はずれであり、残念であった。
それでも曲の持つ力か、終楽章ではソリストに熱がこもる。しかし諏訪内のVnの弦が不幸にも「ぷつん」と音を立てて切れてしまった。一旦フィッシャーは演奏を停め、コンマスのVnと交換してから再開させた。
楽器が代わってしまったため、それまでの透明な美音がほんの少し曇ってしまったのが残念だ。
演奏後大きな拍手が起こり、独奏者と指揮者は何度もステージに呼び出されるものとなった。
そのうちオケも解散して休憩に入った。
音の密度が高いため、ゴテゴテと聞かされることの多いバルトークの曲を実に明晰に演奏する。それぞれのパートにある難所も見事にクリアーしていき、曲の見通しがとても良い。
技巧的には全く問題がなく、じっくりと曲を聞き込むことが出来た。オケのメンバー全員がこの曲を良くこなしていて、自信たっぷりで余裕を持って演奏しているのが手に取るように伝わってきた。
曲の終盤で大きなクライマックスを築き、熱気のこもったエンディングだった。
シレッとした感を与えるオケだったが、この曲の演奏に限っては気合いが入り、楽しめたものとなった。このテンションで最初から演奏すればなお良かったのに。
鳴り止まない拍手に何度も呼び出される指揮者。この様子だとそろそろアンコールが掛かるな、と思っているとフィッシャーさんが現れ、指揮台に上がります。しかし慌てるように舞台袖に引き上げるとすぐに再登場しました。
客席の方をクルリと振り向くと手の中のカンペを見ながらニコリと笑い、こう言いました
「コダーイの『音楽のジョーク』、年輩のご婦人」
日本語です。なかなかのサービス。ひょっとするとさっきのはカンペを忘れて取りに帰ったのかもしれない。
『ハーリー=ヤーノシュ』より老婦人
ファゴットが「ポッペン、ポッペン」と大儀そうに歩く様子を表すと、独奏チェロが「あ〜、しんど」とぼやくのがとても楽しいものでした。
笑いに包まれながらも、またもや大きな拍手が起こります。そこで再びフィッシャーさん日本語でこう告げました。
ブラームス『ハンガリー舞曲』6番
そしてブラームスが始まりましたが、私は見逃しませんでした、舞台上手奥に置かれていたチェンバロンにあのおじさんがコソッと座り、トテテと聞こえないほどの音で楽器を叩き始めていたのを。
案の定、曲が大きく盛り上がった所でオケが急に沈黙すると、チェンバロンのアドリブソロが盛大に鳴り響きました。これには驚いた人もいたことでしょう。
曲が終わると同時に大きな拍手が起こり、演奏会の幕が閉じました。
総じて、チェンバロン以外はどうでもよかった演奏会でした。
ほとんど何の感慨も得られなかったコンサートの感想書くのは苦痛ですねぇ。
さて次回はドレステンフィルハーモニー管弦楽団のベートーベンの「田園」とブラームスの1番です。
シンフォニー2曲というのは色々と難しいプログラムですが、期待して行ってみたいと思います。