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大阪センチュリー交響楽団
第56回定期演奏会

日時
1999年10月4日(月)午後7:00開演
場所
ザ・シンフォニーホール
演奏
大阪センチュリー交響楽団
独奏
漆原朝子(Vn)
指揮
高関健
曲目
1.エルガー…ヴァイオリン協奏曲 ロ短調
2.シベリウス…交響曲第4番 イ短調
座席
1階Q列31番(A席)

狼少年

 最近仕事が忙しくて、夜の12時近くに帰宅して、朝の5時頃家を出るというナイスな生活をしていますが、
「このままでは心がメゲてしまう」
 と思い至り、嘘をついて5時に職場を上がりました。嘘の内容については言及を避けますが、そうでもしないと抜けられない雰囲気なんです。はい。

エルガー…ヴァイオリン協奏曲 ロ短調

 エルガーというとノーブルで穏和なメロディを持っているが、くぐもった響きの中に哀しみを漂わせる、と言うイメージがありますが、今回のこの曲はどうでしょうか?
 大阪センチュリーはそれほど大きい編成のオケではありません。今日も弦が5,4,3,3,2プルトの2管編成ですが、コントラファゴットとバスチューバが加わっていて、コンチェルトに関してはかなり大がかりなイメージを抱かせました。
 ソリストの漆原さんが登場したとき、太っているのかと思いましたが、実はお腹に赤ちゃんがいるようでした。だからといって音には関係がないですけれど。
 曲は3楽章からできていますが、非常にロマンティックでありまたドラマティックで、激情高ぶる部分と哀愁漂う部分とが見事に交差する、古今のヴァイオリン協奏曲の中でも屈指の名曲だと言うことを思い知らされました。50分ほど掛かる大曲ですがとても良い曲だと思いました。素晴らしい曲にまた1つ出会えた。
 演奏の方ですが、曲が進むに連れてヴァイオリンの音色が澄んでいき、楽器も充分に鳴り響くようなった。テクニック的には言うことはなかったですが、哀しみや哀愁が感じられるようになったらもっと素晴らしい演奏になると思いました。
 オケの方もこの曲がかなり雄大な表情を求めているのに合わせて、密度の濃い精緻な音を出していたが、指揮者の手には余るようで、音楽が腰砕けになる瞬間や楽想変換がいきなり感を感じさせる箇所がありました。オケが最初から頑張っていただけに勿体ないと思った。

シベリウス…交響曲第4番 イ短調

 この曲はかなり渋い曲で、2番と比べてもサービス的な部分が全くなく、居合い切りの達人による演舞を見ているような気分にさせます。この曲の魅力を感じるにはある程度の感性(シベリウス属性)が必要とされます。今日も休憩時間が終わって客席に座って見ると5%ほどの人がすでに帰ってました。そんな奴らが悔しがるくらいの名演を希望します。
 第1楽章の出だしが鋭く深刻な響きをしていてゾクゾクとする。緊張感に満ち、また各声部が明晰で、室内楽的なこの曲の音構造をえぐり出していました。まさにシベリウスの世界。「ひょっとすると素晴らしいものになるんじゃないか」と言う期待が否応なしに高まりました。
 アタッカで続けられた第2楽章が大変素晴らしく、今日の白眉となる演奏でした。メロディを紡ぐのが難しいこの曲をとてもチャーミングに聞かせてくれた。ずっと聞いていたいと思わせた位でした。ただ木管にはもう1ランク上の表現が欲しかった。このレベルでは6番を安心して聞くことはできない。
 指揮棒を持たずに始められた第3楽章でしたが、ここで何か「?」を感じてしまった。それが何なのかはっきりと解らないのが申し訳ありませんが、シベリウスの音楽が傷ついたのを感じてしまいました。メロディの歌い方が悪かったのでしょうか? オケの精緻さは相変わらず良かったのにどうしてでしょう。
 終楽章では数々の楽想が入り乱れ、積み重ねていかれますが、指揮者のまとめ方が悪く、音楽が混乱してしまって全く心に響いてこなかった。ガチャガチャ音が鳴っているだけだった。また金管だけが突出したバランスを感じさせた。指揮者には少々がっかりした。第1,2楽章が大変素晴らしかっただけに残念だ。

おわりに

 総じて、思わぬ収穫があった演奏会でした。

 さて4日後の8日には佐渡裕と大阪フィルハーモニー交響楽団のマーラーの3番です。どんな演奏になるのか大変楽しみです。


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