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朝比奈隆のベートーベン

日時
1999年5月9日(日)午後3:00開演
場所
フェスティバルホール
演奏
大阪フィルハーモニー交響楽団
指揮
朝比奈 隆
曲目
1.ベートーベン…交響曲第4番 変ロ長調
2.ベートーベン…交響曲第7番 イ長調
座席
Lサイド1階N列2番(S席)

はじめに

さて、朝日新聞主催の「朝比奈隆の○○」は今回ベートーベンです。前回はブルックナー(8番)で、次回はブラームス(1番)だそうです。

御大のベートーベンを実際に耳にするのは今日で4回目、特に7番については京都演奏会に続いて2回目となります。

その京都演奏会が新しい解釈で演奏しようとしたものだったので、今回は朝比奈隆の新しいベートーベン像の完成形を見せてくれることに期待していました。

2時半にフェスティバルホールに到着すると大変な賑わいで、開演間近となるとホールは聴衆で満席。この演奏会に寄せるみんなの期待がひしひしと伝わってきた。

実際、開演のブザーが鳴る頃となると熱気で暑いくらいでした。(今日のお日柄が良かったのもありますが) ホール側も時々冷房を入れて対処してくれました。

席につくと前の席に男性が座っていました。それがとても座高の高い人で(自分も高い方ですが)、ちょうど舞台のど真ん中、指揮台あたりが丸々見えなかったんです。そのせいで首を傾けて聞く羽目になってしまいました。運の悪い。

交響曲第4番 変ロ長調

指揮者が舞台下手の潜り戸を抜けて、しっかりとした足取りでステージに登場すると熱い拍手が起こった。それに応えるとオケの方に振り返り、タクトを振り下ろした。

オケの編成で特徴的だったのは、管楽器を倍増させていなかったことだ。朝比奈&大フィルのベートーベンは倍管(管楽器をスコアの人数より2倍に増やすこと)が当たり前だと思っていたので少し意表を突かれてしまった形だ。

演奏の方は第1楽章が彼にしては早めのテンポで開始される。これは最近の傾向通りだ。第2楽章も若干早めで演奏されたが、逆にスケルツォは落ち着いたテンポで演奏され、フィナーレではいつもの朝比奈らしくゆっくりとしたテンポでどっしりと進められた。

颯爽としたテンポで進められた第1楽章が素晴らしく、さらにこの曲の持つ構成美を提示するものだった。特に弦の鳴りっぷりが大変良く。後ろのプルトからも気の張った音が聞けた。個人的にはフィナーレも早めのテンポで突っ走って欲しかったけど。

とは言っても堂々とした風格を持つ立派な演奏で、この曲が「二人の巨人に挟まれた可憐な乙女」といった可愛らしいものではなく、英雄の後に続く大シンフォニーだと言うことがよく分かる演奏だった。

交響曲第7番 イ長調

休憩後再び現れた朝比奈がタクトを振り下ろすと、最初の和音がぴたりと合う。また朝比奈が示す早めのテンポにも慌てることがなく、指揮者の棒に俊敏に反応する。今日の大フィルはコンディションが良い。絶好調だ。この瞬間背筋にぴりりと電気が流れた。今日はすごい演奏になる、そう確信した。

今回の批評は京都演奏会と97年録音のCDとの比較が多くなるがご了承願う。

前回の京都での演奏は第1楽章の提示部でテンポの乱れがあったが、今日は全くなく早めのテンポでぐいぐい前進していく。倍管に補強された金管セクションが剛胆な響きを聞かせる。ホルンもトランペットも良い音が出ている。またアクセントを大きくつけた序奏部も大変面白かった。

第2楽章は前回ほどではないが早めのテンポ。アレグレットではなくアンダンテぐらいだと言えば解るだろうか。そのため前回感じた淡泊な印象が全くなく、ずんと心に響くものとなった。ffの迫力が素晴らしく指揮者が要求するといくらでもボリュームが出て来て、聞いてて気持ちよかった。

スケルツォも弾けるような疾走感が溢れていた。しかし音楽が軽くなることは一切なく、野太いパッションが満ちていた。しかしトリオでは大胆にテンポを落とし(しかしCDの異様なほどのスローテンポではなかった)実に懐深いトリオになっていた。ここでも金管の鳴らしっぷりが素晴らしかった。

そしてフィナーレに突入すると、会場中は興奮のるつぼとなった。楽章出だしから神経が細かい所まで張りつめたピリッとしたもので、凄まじい推進力で突き進んでいく。一瞬テンションが切れるか? と思わせた所があったが、それも杞憂で再現部に入ると我を失うような恍惚感が包み込んだ。

決してがむしゃらに暴れまくっている演奏ではなく、ベートーベンの持つ構成感を堅固に確保しつつ、浅薄ではない分厚く骨太でそれでいて情熱に満ちあふれた演奏だった。

これは今まで聞いた朝比奈のベートーベンの中でもトップクラスに君臨する演奏だった。(いや、威張れるほど聞いていないけどさ)

一般参賀

最後御大も興奮してしまって、激しい身振りで指揮したためか、指揮棒をすっ飛ばしてしまった。でも慌てずにビオラの譜面台に置いてあった予備の棒を取り、指揮を続けました。

曲が終わると熱狂的な拍手とブラボーの歓声。間違いなくブラボー級。

万雷の拍手に応えて何度もステージに呼び出される御大。興奮が冷めないのか、御大の歩くスピードがとても速かった。またカーテンコールで管セクションを立たせた時、会場から一段と大きな拍手と歓声が上がっていました。個人的には弦セクションも打楽器も大変素晴らしかったので全員に拍手を送らせてもらいました。

オケが解散すると、多くの人が席を立ちステージに詰めかけます。まだ7割くらいの人が残って拍手を続けています。それに応えて御大一人でステージに再び登場してくれました。

おわりに

90歳を迎えて、なお新しい境地に向かっていく姿には唯敬服します。まったく老け込むことがなく、逆に壮年の頃の躍動感を取り戻そうとする所は感動的でさえあると思います。

彼より年下のヴァント、ジュリーニ、ザンデルリング等がぐっと演奏会の回数を減らしているのに比べて、朝比奈隆はこっちが不安になるほど多くのステージに上がってくれます。しかも大曲や新しいレパートリーにもどんどん挑戦してくれます。なんか最近、世界最高齢として94歳の指揮者が京都フィルを振っていますが、枯れきって小品しか演奏しない指揮者とはちょっと違うと思います。

(余談ですがあの人ロシアの人だけど、京都以外で演奏してるのかな? どうも半引退状態だったのを無理矢理引っ張ってきたような気がしてならない。日本のクラシック好きは世界最高齢と言うキャッチフレーズを聴くと3割増しで評価が高くなるからなあ。それより無理して日本へ連れてきて体調を崩してしまう事の方が恐いと思う。ちなみにその指揮者は端正で均衡の取れた演奏をする人で、ヘボとか老いぼれとか言うつもりは全くないことを付け加えておきます)

総じて、人間の可能性を示唆してくれる若々しくて熱い演奏会でした。

追記

上でイリヤ・アレクサンドロビッチ・ムーシンさんの悪口を書いたら、さる6月6日にペテルブルクの病院で逝去されました。享年95歳。なんでも盲腸の手術を受け、その経過が悪かったそうです。日本には今年の2月に二度目の来日を果たしたのが最後となりました。こんなにあっけなくポックリと逝ってしまうなんて思ってもいなかったため、この訃報にはとても驚き、またこんなことなら悪口なんか書くんじゃなかったと反省しております。故人のご冥福を心からお祈りします。

次回は大町のブルックナーです。大町陽一郎と言う指揮者と言い、生のブル8と言い、大変楽しみな演奏会です。

後は仕事が割り込まないことを祈るとするか……。


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