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キーロフ歌劇場管弦楽団 日本公演

日時
1998年12月13日(日)午後3:00開演
場所
ザ・シンフォニーホール
演奏
キーロフ歌劇場管弦楽団
指揮
ワレリー・ゲルギエフ
曲目
1.R=コルサコフ…交響詩《シェエラザード》
2.ラヴェル…《ダフエスとクロエ》第2組曲
3.スクリャービン…交響曲第4番《法悦の詩》
座席
1階D席3番(A席)

開演5分前

プログラムを買ってホワイエへ。ジントニックを頼み、パラパラとプログラムをめくる。

12月1日から15日まで12公演。場所も新潟(新潟というのもロシアっぽくてナイス)・大宮・東京・名古屋・宮崎・大阪。……こいつらタフだ。曲目も公演によってバラバラで、全部で22曲(のべ34曲)にもなった。すごいレパートリーだ。

大阪で取り上げる3曲はどれもコンサートのトリを飾ることができるものばかりだ。言わば大変贅沢なコンサート。特に後半の2曲はツアーでもここでしかやらない曲だ。

座席は前から4列目の一番左。第1ヴァイオリンのケツがよく拝める。しかしチケットピアで買うとどうしてこんな端っこの席ばかりなんだろう?

ステージを見るとハープの人がひとり、ずっと練習している。なにか納得行かない所でもあるのだろうか、ずっと「シェエラザード」の頭のとこを弾いている。

そうこうしてるうちに開演時間が来て、オケのメンバーが入場する。コンマスが立ち上がってチューニングを済ませるとゲルギエフがやってきた。大きな拍手が彼を迎えた。

コイツなかなかイカツイ顔をしてるぞ。しかし客席に向かって一礼をするときニコッと顔をほころばせた。おっ、なんか意表を突かれちゃったぞ。そんなに恐い人でもなさそうだ。(失礼な)

1.R=コルサコフ…交響詩《シェエラザード》

「はあああっ」とゲルギエフが息をもらす声でアラビアンナイトが始まりました。オケがピリリとした音を出す。いい感じ。ソロヴァイオリンがシェエラザードの主題を出すと一気にこの物語世界に引き込まれてしまいました。

ハープの出だし良かったよ。あれだけ一所懸命練習してた甲斐があった。

ゲルギエフの指揮姿は短い指揮棒を持ち、拍子はほとんど取らずタイミングとダイナミックレンジを中心に指揮をしていた。そして指示のほとんどは弦楽器に対して行われ、管楽器には余り指示を出さなかったように思えた。またメロディアスな部分では指揮棒を置いて両手で曲の表情を付けていた。

まだ若いのにグイグイとオケを引っ張っていく。言うなれば親分だ。オケのメンバーも自分のすることが解っているようで自発心に溢れた演奏をしている。

曲が終わるとまだ前半だというのに大きな拍手と「ブラボーッ!」の歓声。しかしこの拍手は良くあるおべんちゃら的なものではなく、本当に熱狂しての拍手だった。

金管パートの分厚い鳴らしっぷりに感激。またソロのヴァイオリンとチェロも大変良かった。特にヴァイオリンには思わず聞き入らせられた。

決め所でダイナミックにオケを鳴らし、コリッとした無骨で男性的な千夜一夜物語。

個人的にはこうベリーダンスを踊る女性のような色っぽさと言うか、音色に艶っぽい光沢が欲しかった。

ただ一つ残念なことは始まる前に飲んだジントニックが効いてきたのか、第2曲と第3曲がものすごく眠かったことだ。(一応目は開けていたけど……、バカバカ)

2.ラヴェル…《ダフエスとクロエ》第2組曲

休憩時間が終わりオケのメンバーも壇上に揃うと、さっと音合わせを済ます。後は指揮者の登場を待つばかりだった。……遅い。なかなかやってこない。やけに焦らされる。楽屋でインタビューでも受けているのかな? 忙しい人だからなあ。

そんな事を考えているうちにゲルギエフの足音、そして登場。大きな拍手が起こる。もうこの時点で「ブラボー」がかかりそうな雰囲気。

ゲルギエフが会場に一礼してくるりと背を向けると、拍手がすっと沈み第1声を待つ。

水のせせらぎのような音が静寂を破る。「ダフエスとクロエ」が始まった。この曲は小川のせせらぎから始まる。しかしラベルの水の表現は絶品だ。楽器がオケだろうがピアノだろうがその想いは変わらない。華やかなのに硬質でクリアーなオーケストレーション。そして最後まで曲に引っ張り込む音のドラマ作りの巧みさ。本当に素晴らしいと思う。「ボレロ」だけがラベルじゃないぜ。みんなラベルを聞け。

演奏の方はラベルサウンドをきちんと出してしてきれいな音がした。と言ってもフランス音楽が持つ独特の芳醇な香りを醸し出すまでには行かない。フランスのオケじゃないからこの辺は仕方ないか。

しかしロシアのオケらしく音は野太くパッションが溢れていて、曲の最後に向って段々とテンションが高くなっていく演奏は心が熱くなった。ここでも金管がドシーンと低音のきいた響きを出していた。

楽団の全員が燃え上がったクライマックスは会場が揺らぐほどの大拍手と「ブラヴォーッ!!」の声。今日の白眉となる演奏だった。とても良かった。

あまりの熱演にヴァイオリンが一丁壊れたらしく、一人が楽器を交換するために舞台裏に引っ込んだ。ちょっとインターミッション。

3.スクリャービン…交響曲第4番《法悦の詩》

トリはスクリャービン。この演奏会のために私はムーティとフィアデルフィアの交響曲全集を買った。

この曲はよくSEXの快楽を描写していると言われるが、そんなことはけっしてない。いや、確かにそういう風に取ることも可能だが、この曲は法悦の境地を描いた曲ではなくて聞いてる人を法悦の境地へと導く曲なのだ。簡単に言うと作曲家が「イッちゃった曲」じゃなくて、聞き手を「イかす曲」だ。だからクライマックスでどれだけ聴衆をイかすことが出来るかが問われ、巧みな音楽のドライブと壮大な金管の鳴らしっぷりを要求される曲なのである。

この曲のこんな性質を踏まえていないとスクリャービンを誤解する素となる。(実際誤解されている) 《プロメテ(交響曲第5番)》で色光ピアノ(12音に対応した色で光るピアノ)を採用したスクリャービンが下手すると頭がおかしくなったと受け取られかねない。彼は聞き手をイかす為に音楽以外の要素との融合を図っただけなのだ。

ちなみに彼は音楽に舞踊や光、御香なども融合させようとしたが、実現する前にこの世を去った。こういう試みは後にも先にもスクリャービンしかやっていないので、彼の早すぎる死が惜しまれる。

オケが軽く音合わせを済ませ指揮者を待つ。……また来ない。会場中が「まだか、まだか」と痺れを切らす。コツコツコツ。足音が聞こえてきた、来たよ、来たよ。それ拍手だー。……さっき退場したヴァイオリンの人か。あまりにも思わせぶりな足音のせいで数人が思わず拍手。会場に小さく笑いがこぼれる。

んでもって、今度こそ本人登場。さっきのヴァイオリニストの肩を叩き、音を合わせるように言うと、「キー」と小さな音を立ててコンマスと音を合わせた。

この曲は無限旋律を使って複数の旋律が絡み合うように進行して行き、印象的なメロディーが金管によって斉奏される。この金管のメロディーが繰り返されるうちにスケールが大きくなっていき、最後に壮大な盛り上がりを見せる。

結論から先に言うと「ダフエスとクロエ」の後ではちょっと出来が落ちた。金管のメロディーを最初から強奏させてしまったため、段々と盛り上がる感じがしなかった。結果、ただでさえ退屈しやすい中間部分がタレてしまった。

それでもラストは私の想像を上回る音量をオケから引き出し、神秘的で壮大な音の世界を作った。オーケストラ全員が「うおりゃーっ」て感じで音を振り絞っていたのが印象的だった。

金管だけを長く伸ばしたクライマックスが終わると、会場から「ブラヴォー!」と共に大きな拍手が飛んだ。いや〜途中で「だめだこりゃ」と思ったが、決してそんなことはなかった。オケの底力だろう。演奏後に指揮者がトロンボーン(かな? 良く見えず)を立たせると一段と大きな拍手が起こった。

でも今日の観客の中でこの曲を良く知っている人が何人いるかな?

アンコール

会場の熱い拍手に答えてアンコールを4曲。「3つのオレンジへの恋」は何曲目なのかちょっと分らなかった。多分3曲目の「行進曲」だと思う。またずっと気になっていた全然使われない木琴がこの曲だけのために置いてあったことがこの時判明。

「バーバヤーガ」はちょっと珍しい曲。ゲルギエフが曲名を告げた時、私は分からなかった。けど後ろのおっちゃんが「ブラゥヴォ」と言ったから、ひょっとしたら粋な選曲だったのかもしれない。勉強不足。

拍手がいつまでも止まないのでゲルギエフが「ラスト」とドスのきいた念押しをかまして、「ラコッツィ行進曲」。オケも残ってたパワーを全部出しきるかのようにものすごい熱気。曲自体もものすごいド迫力と躍動感に満ちた行進曲だった。曲が終わると再び大きな拍手と「ブラヴォーッ!」の声がかかって、コンサートの幕が閉じました。

まとめ

ゲルギエフ、さすが短期間でキーロフ歌劇場を立て直した男だ。ダイナミックですっきりしゃっきりとオケを鳴らし、クライマックスに向ってどんどん曲を盛り上げていく。それでいて無意味な音を鳴らさない。すごい。これでまだ40代というから驚きだ。これからが大変楽しみな指揮者が私の前に現れました。

この実力ならメトロポリタン歌劇場が欲しがるのも無理ないです。ウィーンフィルに初登場したり、キーロフオペラを連れてあちこちでフェスティバルを開いたり、正に世界中を飛び回っての活躍と言えます。今最高に乗っている指揮者でしょう。

ちょっとだけ苦言するなら、私の席の関係かチェロの鳴りが若干弱かったこと(コントラバスはしっかり鳴っていた)、金管の調子が良すぎた為か曲の盛り上げ方がショートダッシュの繰り返しで全体の構成がこじんまりとしてしまったこと(法悦の詩)、が挙げられるかな。

でも、ロシアのオケらしく重低音がどどーんと利いたサウンドはオーケストラを聞く快感をたっぷりと堪能させてくれた。ホント金管が良かったわ〜。

総じて、ロシアの大地を思わせる金管の分厚さに酔いしれた演奏会でした。

演奏後彼らのCDを買おうとしたが、ラフマニノフの交響曲第2番が売り切れていたのがちょっと残念だった。でもストラビンスキーの「火の鳥」とスクリャービンの「プロメテ」のCDを懐に入れてホッカホカ。

しかし本文では“ラベル最高”と書いたが、今日一番の出来が本当は「ラコッツィ行進曲」だったのは君と僕との内緒だ。

さて、次は大阪ハインリッヒ・シュッツ合唱団の「荘厳ミサ曲」です。ベートーベン晩年の境地を示す、第9と共に重要な曲です。以前の彼らの演奏が語り種になってるだけに非常に期待大です。お楽しみに。


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