玄 関 口 【CD菜園s】 【コンサート道中膝栗毛】 【朝比奈一本勝負】

朝比奈 無制限一本勝負
ブルックナー 交響曲第9番


 フルトヴェングラーに「オリジナル」と言われ、朝比奈が関西交響楽団時代に初めて振った交響曲がこの9番でした。またシカゴの2度目の指揮台に上がったときもこの曲を取り上げました。
 しかし新日フィルとの選集では何気にこの曲が外され、3度目の全集でも録り直しを行ったように4、5、7、8、9番の中では一番苦手としていた感じを受けます。
 それを踏まえ、最初の録音から最後の録音までの25年間でどのように変化していったか追ってみたいと思います。

ブルックナー…交響曲第9番

1976.4.22 大阪フィル 神戸文化ホール ★★
LP ジャン・ジャン JJ-1611/6 後期交響曲集・限定盤
LP ジャン・ジャン JJ-1600/16 全集・限定盤
CD ジャン・ジャン JJ-008/019 全集・限定盤
CD グリーンドア JJGD-2001/17 全集・限定盤
演奏について
 LP盤は幻と言われた日本人初の全集(単発としても初)だが、CD時代になってグリーンドア音楽出版から2回のみ限定プレスされたもの。ここで取り上げるのは2回目のもので、新しくデジタルリマスターされているのがウリ。
 音楽はぼてっとしているもの大きなスケールを持っており、ジリジリと進んでいくテンポと合わせて、力こぶが見えるような力感がある。一方、楽想のつながり方に未消化なものを感じさせ、響きには深みと壮絶さが足りないのが物足りない。これはアダージョにおいて大きなマイナスとなり、この第3楽章が全曲を締めくくるべく堂々とした構成をしているもの、余り聞くべきところはない。
録音について
 この9番と7番だけはセッションを組んで録音されたが、ほぼ一発録りのようだ。
 音質のほうは、どの楽器がどこで鳴っているかがよく判るものだ。管楽器がオーケストラの配置から考えるとやや強いが、音場の広がり方は極めて自然に感じる録音だ。
 またライナーにも明記されているが、音ゆれとノイズが何箇所か存在する。(ジャンジャンCDとグリーンドアCDのみ)
 ちなみに7〜9番についてはマスターテープが2種類(2チャンネル1発録り・マルチトラック録音)あり、9番はLPが1発録り、ジャンジャンCDがマルチ録音、グリーンドアCDがマルチ録音からのニュートラックダウン、となっている。
1980.6.4 L 新日本フィル 東京カテドラル教会・聖マリア大聖堂 ★★★
LP Victor SJX-1151/9 選集・限定盤
CD Victor VDC-5531 単売
CD Victor VICC-40190/9 全集
CD Victor VICC-60281/91 全集
演奏について
 朝比奈2回目の全集録音。批評には追悼盤として限定復刻された全集セットを使用。
 ジャンジャン盤にあった力みが取れ、響きに深みが出るようになり、音楽に広がりを感じさせる。残響の多い教会で複雑な対位法を聴かせるためか、非常に遅いテンポを採って進められる。(スケルツォは速めでキリと締まった造型をしており、鬼神の形相のような厳しさがある) また各楽想を構成するブロックごとに長めの間合いを取るのも会場の音響を考慮した結果なのかもしれない。
 一方、ブロックの途中でテンポを動かしている箇所があり、加えて楽想のつながりが良くないと感じさせる所もあり、練れた表現だとは言い難いものがある。
 しかしアダージョの最後が近付くにつれ、集中力が高まっていくのを感じ、ぐっと引き込まれるものがある。そしてそのクライマックスでは段々と音が小さくなって、最後は眠るように幕が閉じられる。
録音について
 全集盤においては全体的に音像が遠く、音にキレがない。それでも細かい音を良く拾って聞かせてくれる。
 一方、単売盤は全集盤にあった繊細さが後退し、細部が若干解りにくい。その替わり、音に芯があり、タップリと鳴り響く残響が心地よい。
 LPは“朝比奈隆・ブルックナー交響曲シリーズ”のもの。(詳細は7番の上から4つ目を参照)
1991.3.16 L 東京交響楽団 オーチャードホール ★★★★
CD Pony Canyon PCCL-00126  
CD Pony Canyon PCCL-00268 アートン
CD Pony Canyon PCCL-00520 HDCD
演奏について
 前2盤に増してスケールが大きくなって、響きの深みはさらに増し、そして厳しさが出るようになった。加えて隙のない構成は最後まで緊張感を持続させる。
 第1楽章では3つの主題の性格を見事描き分けていながら楽章全体の統一が取れている点が非常に良く、特に終盤における鬼気迫る迫力は息を吐く暇もないくらいだ。スケルツォでは速いテンポで鋭角なフォルムをしているが、朝比奈特有の重さが加わって、非常に突進力に富んだ楽章となっている。最後のアダージョでもこの指揮者にしては速めのテンポが採られ、第1主題が中心となる1,3,5部での迫力が大変良い。そして全曲の最後は大らかな響きに包まれるように締めくくられる。
 前出の2盤とは一足飛びの深化を見せた演奏と言えるが、惜しむらくはオケのミスが(録音では目立たないが)やや気になってしまう点で、これだけが少し残念だ。
録音について
 ノーマル盤は、音に奥行きがあるもの、少々分離が悪く、特に管楽器は中央に固まって聞こえてくる。また全体的に霞がかった感じがし、モコモコとしたイメージがある。しかし細かい音まで良く拾っており、自然な感じがして、収録しているホールの空気を感じさせる。
 アートン盤は透明感がぐっと上がり、音も繊細になり、広がりも良くなる。しかしその分、もとからあるマイクに録りきれなくて少し音がつぶれたような所が耳につくようになってしまう。
 HDCD盤はリマスターした人が違うのだろうか、弦楽器の押しが強くなり刻みがクッキリと聞こえるようになった。また霞がかった所がかなり改善されていて、ノーマル盤にあったアクのようなものがなくなっている。しかしその分だけやや音の奥行き感が減少してやや平坦になっている。
同時収録
・ブルックナー…テ・デウム (アートンは9番のみ)
1993.9.10 L 東京都交響楽団 東京文化会館 ★★★★★
CD fontec FOCD 3290  
演奏について
 遅いテンポでじっくりと進んでいく重量級の演奏で、微動だにしない安定感と豪放たるフォルテッシモに息を呑む迫力が込められている。全体的にインテンポを基本とし、加えて楽章を構成するブロック間の接続に一分の隙もないため、よどみの全くない非常に安定しきった野太い流れを有している。
 一方、響きは大きいスケールを持っているが、同時に暖かみのある包容力に満ち、一旦聞いたが最後、曲の冒頭から終結まで浸り込んでしまうものとなっている。
 どの楽章も大変立派であるが、集中力が最高に高まった第3楽章が特に良く、瞑想するような内省的凝縮が聞かれるコーダと、そこへと継がっていく音楽の流れが非常に素晴らしい出来映えとなっている演奏だ。
録音について
 オケを眼前で聞くようなオン気味の録音で、左右に良く広がり、ダイナミックレンジも大きい。ただ音の明晰さには乏しく、各楽器の音が程良くブレンドされた音をしている。
1995.4.23 L 大阪フィル 大阪ザ・シンフォニーホール ★★★★
CD Pony Canyon PCCL-00341  
CD Pony Canyon PCCL-00400 全集
CD Pony Canyon PCCL-00477 HDCD
演奏について
 朝比奈3回目となる全集からの1枚。9番はこの演奏以前にもう収録されていたが、本人の強い希望により録り直しが行われ、この演奏が採用された。
 重くて遅いテンポを採っているが、曲を進めていく推進力の大きさと揺るぎなさが凄まじく、まったく滞りなく流れていく構成と細かい音符ひとつひとつにまで深く染み渡った緊張感がこの交響曲の巨大さをまざまざと実感させてくれる。また大フィルの泥臭い音と合わせ、粘度の低いかつ豪放たる響きが素朴ながら非常に生命力にあふれた演奏となっている。
 スケルツォのテンポは今までの中で一番ゆっくりと感じ、その重量感が大変素晴らしい。続くアダージョでは前2楽章同様大きなスケールと力強さに満ち、厳しい響きが継続するなかたくましく曲が締めくくられる。
 曲全体としては文句の付けようのない立派なものだが、もう少し余韻のある終わり方をしても良いのではないかと思ってしまう。この後にもうひとつ楽章があるかのような終わり方は何か物足りない感じを残してしまう。
録音について
 このシンフォニーホールは演奏会場としては非常に美しい音響をしているが、空間に充満する残響がCDで聞くと飽和気味に聞こえてしまうのが難点となってしまうホールだ。しかしこのCDはその豊潤な響きの中でも音の定位がはっきりとしており、低音の力強さから高音のヌケの良さまでがクリアーに入っており、会場で聞いているような臨場感を感じることが出来る録音だ。
 HDCDの方は音の背景が静かになり、細かい音が良く聞こえるようになり、音に奥行きが出る。その代わりシンフォニーホール特有の会場に充満する響きが大きく減少し、大フィルらしい荒々しさも後退するため、それぞれ一長一短と言える。
1996.4.13 L 東京交響楽団 サントリーホール ★★
CD Pony Canyon PCCL-00362 選集
CD Pony Canyon PCCL-00519 単売・HDCD
演奏について
 東京響創立50周年を記念して発売されたCDのひとつ。
 テンポの落差が大きく、スローテンポを基にしているのだろうが、所々では意外なほど速いテンポを採ってみせる。一方、大きな広がりを持つ響きと堅実な構成感は非常に手馴れたものを実感させるが、全体に厳しさと生命力に欠け、何かモタついた印象を受ける。聞いていて余り楽しさを感じさせない演奏だ。
 それでもさすがにアダージョに入ると抜群の安定感をみせ、コーダでは大きくテンポを落とし、沈み込むように終わる。
 またオケのふらつき加減が少し耳につくため演奏に浸り込めない嫌いがある。
録音について
 左右への広がりは良いが、音の鮮度が低く、モヤモヤとしたイメージがある。
2000.5.25-26 L NHK交響楽団 NHKホール ★★★★
CD fontec FOCD 9142  
演奏について
 定期を2日に亘って収録されたもので、最初からレコーディングされることが決まっていた演奏。これはN響にしては異例のこと。
 90年代前半にあった身じろぎひとつ許さないような厳しさはなくなり、大きな広がりを保ったままゆったりと音楽が流れていく。遅めのテンポを基調としているが、所々に思い切ったハイテンポな進行も見られアグレッシブと言える面もある。しかし全体的な力みのなさから枯淡の境地を強く感じさせ、淡々と曲が進んでいく印象を与えるものとなっている。ただこれは言い方を変えると単調に曲が進んでいくとも取れるだけに肯定的な感想だけを持つわけにはいかない。
 一方、オケの方はどんなテンポだろうがビクともせず、しなやかな音色を持ちながらあらゆるパートが揺るぎなくかつ充実しきって鳴り響き、内声部を構成する普段は聞こえないであろう楽器の旋律を無理なく轟音の中に刻み込む。このN響の実力はさすがだと言わざるを得ない。
 また終盤に向けてツツとテンポを速められたアダージョのコーダにおける漠然とした哀しさはこの演奏独自のものと言え、克明な内声部が聞ける楽しみと合わせ、それなりに高い価値を持っていると思う。
 ちなみにこの演奏会、第2楽章でスケルツォを繰り返した後、またトリオが来ると思って朝比奈がひとり棒を振ってしまった事件があった。(このシーンはこの時の生放送だけでなく、彼の追悼番組でも流された)
録音について
 ややモコモコとしており、音の分離が良くなく、強音のヌケも今ひとつだ。
2001.9.24 L 大阪フィル 大阪ザ・シンフォニーホール ★★★★
DVD Pony Canyon PCBP-50604 同じ内容の朝日放送盤が有る?
CD EXTON OVCL-00073 HDCD
SACD EXTON OVGY-00007 Multi-channel
演奏について
 朝比奈、死の3ヶ月前の演奏であり、生涯最後のブルックナーであり、大阪の聴衆に見せた最後の姿であり、残された最後の映像かつ公式録音である。この1ヵ月後の名古屋公演で長きに渡った朝比奈の音楽人生が終わった。ちなみにこの演奏会の様子がここにある。
 この年の夏は大変暑かったが、その夏を越して現れた朝比奈の衰えた姿に驚いてしまう。棒も揺らぎが非常に大きくなってしまい、団員同士が自らの耳で音楽を聞いて自主的にアンサンブルを合わそうと必死になっている様子が手に取るように分かる。(第2楽章では棒を振り下ろすタイミングを失ってしまったかのようなシーンもある)
 一方、演奏そのものについてまず驚くのが音色の透明さで、低音からどっしりと積み上げていく従来の朝比奈サウンドとは違うその力みの取れた曇りのなさは特有の美しさを放っている。また全編に漂う緊張感も特徴的で、今までの音色の厳しさに縛り付けられるようなそれではなく、得体の知れない危うさを肌で感じ取ってしまう緊張感だ。
 第1楽章では綱渡りをするように恐る恐る進んでいく印象があったが、スケルツォに入るとアンサンブルにとって危険な箇所が少ないのか、音楽にスピードが感じられるようになる。そしてアダージョに至ると、指揮姿にも力が入るようになり、枯淡の風情のなか音楽に起伏が感じられるようになる。そして最後となるコーダでは穏やかさと優しさがほのかに漂う中、湿っぽくない別れの言葉を紡ぐように締めくくられる。(別にこれが最後の演奏だったからでなく、実際にそう感じさせるものがある)
録音について
 DVDについて述べると、最弱音が聞き取りにくいが音の鮮度はよく、最強音がストレスなく立ち昇る。画像は通常のテレビサイズで撮られている。カット割りはうるさくなく、朝比奈のアップとオケ全体、そして各ソロが適度に混じり、落ち着いて見ることができる。
 CDについて述べると、音の線が太く、クリアーに収録されていて、音場は左右に良く広がっている。(低音楽器の唸りが実演の印象に近い) また修正可能な演奏上のミスは上手く取り除いている。
 SACDは2chのみの感想。こちらも全体的な印象はCDと変わらないが、高音の抜けが非常に良くまた自然で、各楽器の存在感が際立っている。特にホール内の雰囲気の伝わり方がCDとは段違いの自然さで広がっていく。その分、実演(特に第1楽章)で感じた、楽員が恐る恐る演奏している様子が手に取るように分かってしまう。
 DVDビデオと比較しても高音部の繊細さは勝っているが、同時に低音部もやや線が細くなっている。ただ実演の印象に一番近いのはSACD盤だ。
 またSACD盤は指揮者の登場から終演時の拍手までが収録されている。

リハーサル

1976.4.22 大阪フィル 神戸文化ホール −−−
LP ジャン・ジャン JJ-1611/6 後期交響曲集・限定盤
LP ジャン・ジャン JJ-1600/16 全集・限定盤
CD ジャン・ジャン JJ-008/019 全集・限定盤
CD グリーンドア JJGD-2001/17 全集・限定盤
演奏について
 第3楽章の様子を1時間弱に渡って収録しているが、印象的なのはこの楽章が持つ5部構成の各冒頭を何度も繰り返し練習させることで、パート練習させたり、音程を取らせたり、または楽器間のバランスを調整させたり様々な方法で少しずつ音楽を形にしていく。特に弦楽器に対しては音の強弱や入るタイミングの他に使用する弦や手首の形にまで言及し、細かい注意が厳しく飛ぶ。
 イメージでまったく語らない注意は非常に明確で、まさに職人の仕事と言える。
1995.4.20 大阪フィル 大阪フィルハーモニー会館
CD Pony Canyon PCCL-00400 全集
演奏について
 3回目の全集録音のセットを購入した際についてくる特典盤。
 9番のリハーサル風景については第1楽章の一部が収録。
 
 未聴のため批評できず。
同時収録
・5番の第1,2楽章
・4番の第3楽章
・8番の第1,3楽章

《 総 評 》
 8種類のディスクを聞きましたが、一番目にお薦めしたいのはわずかな差で93年の都響盤です。
 ただ次点でも、内声の細微な動きを聞くマニアックさでN響盤、鬼気迫るような緊張感が支配する東京響盤、音色の厳しさと豪放さで95年の大フィル盤、そして不思議な透明感のある朝比奈最後の境地が聞ける01年の大フィル盤、と言うようにカラーの違いがあり、それぞれ楽しめるのではないかと思います。
 
 しかし一貫して同じ楽譜を使い、同じアプローチをしているはずなのに、これだけ印象が変わってしまうことがとても不思議に感じました。
 こうなってくるとシカゴ響との演奏がどうだったのか是非とも聞いてみたいのですが……。どこでも良いんでCDを発売してください。(裏青でもいいから……)
 
 当ページで使用した略称
・大阪フィル=大阪フィルハーモニー交響楽団
・新日本フィル=新日本フィルハーモニー交響楽団

番外編

 以下のリンクは、CDとは別に聞きくことのできた演奏について書いたものです。
2001.9.24 大阪フィル at 大阪ザ・シンフォニーホール (DVD・CD・SACD化済)

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