朝比奈隆が朝比奈隆である所以はブルックナーに尽きると思います。
そのブルックナーのうちでも生涯に最も数多く振り、録音を残している交響曲はこの7番です。ですからこの曲が朝比奈のブルックナーに対するスタイルの移り変わりを見るには一番良い曲なのではないのかと思います。
1968.12.10 L | 日本フィル | 東京文化会館 | ★★★★ |
CD | EXTON | OVCL-00160 | HDCD |
演奏について
朝比奈の7番としては最古の録音であり、記録によると朝比奈にとって3回目の指揮にあたる演奏。またオーケストラの日本フィルは新日本フィルとに分裂する前の状態である。 後年による頑ななまでのインテンポとは少し違うが、それぞれの楽想内でテンポを変化させることは極力控えられている。しかしその楽想が切り替わる所でのテンポの落差がかなり大きく、所によってはグイグイと突進するようなハイテンポも聴かせる。 オケの方で気が付くのはトレモロが荒く、縦の線が不揃いなのと、金管の鳴り方がかなり薄っぺらいことが挙げられる。現在の耳で聴くと日本のオーケストラにおける技術の進歩を強く感じてしまう。 1970年代まであった、この時代の朝比奈特有と言える少しくすんだ感じのする渋い音色がこの演奏では濃厚に聴けるのが面白い。またダイナミックなオケの鳴らし方が素晴らしく、各楽章のヤマ場では凄まじいばかりの轟音をオケから引き出し、それが見事音楽のツボにはまっているあたり朝比奈の構成力が確かであることも同時に伝える。第2楽章ではノヴァーク盤に依る(と言うよりフルトヴェングラーのやり方を真似た)打楽器の追加を行っていて非常に珍しい。その分ここで描かれる頂点のカタルシスは凄まじいものがある。 惜しむらくは、半音のぶつかりを未整理なまま聴かせてしまうことと、楽器の歌わせ方に細かい所で荒っぽい箇所がある点だが、豪快に築かれるクライマックスのパワーに圧倒される演奏となっている。 |
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録音について
多少ひなびて聞こえるが、ゆがんだ所やザラザラした所はない。低音域がビックリするほど強く聞こえる。マイクのセッティングはややオン気味で音が中央に集まっており、音場の広がりはあまりない。また奥行きにも乏しいが60年代のライブ録音ということを考えれば、十分鑑賞に堪えうるだけの音質はしっかりと確保している。 |
1975.10.12 L | 大阪フィル | 聖フローリアン・マルモアホール | ★★★★★ |
LP | ジャン・ジャン | JJ-002 | 特典盤 |
LP | Victor | KVX-5501/2 | |
CD | Victor | VDC-1214 | |
演奏について
市民による募金活動まで起こった朝比奈と大阪フィルの初めてとなるヨーロッパツアー。その旅の途中、ブルックナーが眠る聖フローリアン寺院で行った演奏会の模様を収録したもの。これが朝比奈にとって最初となるブルックナーの録音で、初めはジャンジャン全集の特典盤として配布された。 演奏の方はオケ・指揮者合わせて全員が全身全霊を込めた晴朗なもので、全楽章に渡って満ちあふれる陶酔感がこちらの心までも幸せにしてくれる。また後年の対位法を緻密に折り合わせていくスタイルのものでなく。旋律を伸び伸びと歌い、響きは横へ横へとどこまでも広がっていく印象を受ける。 何より第1楽章と終楽章のコーダにおける圧倒的な昂揚感は古今東西のディスクを見渡しても他には見あたらない。朝比奈はまず第1楽章のコーダで止まりそうなくらいテンポを落とし、そこで強烈な印象を聴衆に植え付け、終楽章コーダで再度そのテンポを提示することで、第1楽章での昂揚感までも再現し、構造的に弱いとされる終楽章に受ける感銘を非常に大きなものとすることに成功している。 しかし、この頃ぐらいから朝比奈が標榜として掲げる「楽譜に忠実に」からはやや遠い演奏と言わざるを得ず、後年の彼はこの手法をまったく放棄してしまう。(ちなみに金子健志氏によると、この演奏に限ってはハース版を基にしておきながら、テンポ変化のごく一部は改訂版を参考にしているらしい) 一方大フィルの方には拙いプレイがいくつも聞き取れるが、マルモアホールの長大な残響がそれを柔らかく包み込み、演奏の素晴らしさがそんな小さなことをどうでも良いものにさせてしまう。 第2楽章終了後、微かに聞こえる鐘の音が何とも言えない奇跡がかった情感を抱かせ(オケも第3楽章以降、異常なくらい熱狂しているのが伝わる)、またこの客席にいたノヴァーク博士が終演後に楽屋を尋ねに来たことや、この演奏にいたく感激した聴衆のひとりが「いままでで最高のブルックナーだった」と感謝の手紙を大フィルに送ったことなど、様々な伝説が付随するディスクだが、それも演奏の素晴らしさあっての故だろう。 なお当日は第1楽章のあまりの昂揚感に思わず大きな拍手が湧き起こったそうだが、それはカットされたそうだ。 ちなみに聖フローリアン寺院でブルックナーの交響曲を演奏したのは彼らが始めてで、この演奏の大成功によりここでのブルックナー演奏がちょくちょく行われるようになった。また教会もブルックナーを観光資源として活用するようになった。 |
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録音について
7秒にもおよぶ凄まじい残響のある場所で録ったにしてはクリアーに収録されていて、いつまでも消えない残響や演奏上の微細な音、あまり広くない会場内の空気などをしっかりと捉えられている。ただ残響のせいでそれらの音がどこから鳴っているのかという音の定位はあまりはっきりとはしない。しかし左右の音の広がりはしっかりとしているので大局的にはなかなか良好な録音と言える。 |
1976.4.14 | 大阪フィル | 神戸文化ホール | ★★★ |
LP | ジャン・ジャン | JJ-1611/6 | 後期交響曲集・限定盤 |
LP | ジャン・ジャン | JJ-1600/16 | 全集・限定盤 |
CD | ジャン・ジャン | JJ-008/019 | 全集・限定盤 |
CD | グリーンドア | JJGD-2001/17 | 全集・限定盤 |
演奏について
LPは幻の逸品と謂われ、CDも限定販売で2回のみプレスされた、朝比奈隆(日本人としても)初めてのブルックナー全集の1枚。 基本的なアプローチは聖フローリアンとまったく同じと言えるが、ホールが違うためか、こちらの方が速めのテンポで進んでいく。第1楽章のコーダでぐっとテンポを落とす方法や終楽章第2主題再現直前の長い間もやはりフローリアン盤と同じだ。 70年代の朝比奈の特長としてたくましい程のエネルギー感が挙げられるが、特に第2楽章での頂点部における爆発するようなパッションとその後のコーダへ向かってグイグイと進む推進力はその顕著な例だと言える。 終楽章の中間でややダレた感じを受けなくはないが、曲の発端から終盤に向かってジリジリと高まっていく熱気はひたむきな情熱を感じ、この盤だけの魅力に溢れる演奏となっている。 |
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録音について
オケを眼前で聞くような(オン気味の)録音で、楽器の直接音(特に金管)が明確に捉えられている。また音の広がりは左右に良く広がり、ホールトーンがさっと刷毛で掃いたような薄化粧を施している。なかなか美しい録音だ。 セッション録音みたいだが(?)、ほとんど一発録りのようで、細かいミスやノイズなどはまったく修正されていないようだ。 ちなみに7〜9番についてはマスターテープが2種類(2チャンネル1発録り・マルチトラック録音)あり、7番はLPが1発録り、ジャンジャンCDも1発録り、グリーンドアCDがマルチ録音、となっている。 |
1980.9.26 L | 東京交響楽団 | 東京カテドラル教会・聖マリア大聖堂 | ★★★★★ |
LP | Victor | SJX1151-9 | 限定盤 |
演奏について
朝比奈隆・ブルックナー交響曲シリーズのライブ録音。 カテドラルの長大な残響を考慮してか、遅いテンポを採りゆったりとした歩みで曲を進行させ、インテンポを徹底的に守った演奏をしている。そのためか大きなスケールと共に陶酔感に満ち、第1楽章コーダでの昂揚感はあの聖フローリアンを彷彿とさせる素晴らしいものとなっている。 続く第2楽章では第1主題・第2主題の両方に遅いテンポが与えられ、楽章全体に漂う浮遊感が心地よい。そしてこのアダージョの頂点では劇的ではないもの、広々とした響きが包み込むような包容力を感じさせてくれる。 後半の2楽章になると音楽にダイナミックさが出てきて、特に終楽章の再現部以降は大きな山場が次々と訪れる。そしてコーダでの圧倒的なカタルシスは息を吐く暇さえ与えないものとなっている。 あの聖フローリアンの再来を目指し、それを成し遂げた演奏だと言える。 東京響は最初こそ吹っ切れないような音を出していたが、第1楽章も真ん中を過ぎる辺りから調子が上がってきたのか思い切りの良い音を出している。 |
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録音について
LPによるものなので、簡単に述べるだけにするが、奥行きに乏しく平坦な音場だが、左右に良く広がり、各楽器の音が分離良く捉えられている。 |
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同時収録
・第4番/日本フィル ・第5番/東京都交響楽団 ・第8番/大阪フィル ・第9番/新日本フィル ・序曲ト短調/新日本フィル このLPセットはシリアル番号が付いた予約限定盤で、5番と9番のみがビクターの全集に再録されCD化されている。 |
1983.9.13 L | 大阪フィル | 東京カテドラル教会・聖マリア大聖堂 | ★★ |
CD | Victor | VDC-1067 | 分売 |
CD | Victor | VICC-40190/9 | 全集 |
CD | Victor | VICC-60281/91 | 全集 |
演奏について
後に2回目の全集録音に収録された演奏。全集盤は朝比奈隆追悼盤として復刻されたものを批評。 少し速めのテンポでキビキビと進められて行くが、まだまだ枯れた所を感じさせない朝比奈は、重い足取りではあるがしっかりとした歩みで音楽を展開させる。その速いテンポの中でも、8年前の演奏と比べると、力強さを充分に保ちながら、音楽のスケールがさらに大きくなっていて、その上響き自体もふくよかに鳴り、堂々としたものになっている。 テンポの緩急やデュナーミクの強弱も結構大きく動かされているのではあるが、以前と比べるとかなり納得行くものとなっており、音楽の流れに自然と身を任せられるようになっている。しかしバランスが悪いと云われる終楽章にクライマックスを(第2楽章を軽めにこなすなどして)何とか設定しようとしている痕跡もどことなく感じられ、この問題に見事な解答を示した後年のスタイルをすでに知ってしまっている現在の視点でみると、何か吹っ切れない折衷的なものを感じてしまう。 音楽が非常に立派で力強くねばり強いという特徴がこの盤の大きなセールスポイントと言える。特にスケルツォの見事さは大変聞き応えがある。 |
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録音について
この盤も教会で収録されているので長大な残響が付いているのだが、オン気味のマイク設定でそのエコーはススーッと消えていき、オーケストラの音色を濁すことがない。そのバランスは大変好ましく、オケをふくよかに響かせて、この当時の大フィルにしては割ときれいに聞こえる。 以上は追悼盤として再版された全集の方で、この盤の方は音がとても鮮明で広がりも大きく力強い。残響の消え方がとても良好に聞き取れる。 単売の方はもたれた響きで良くない。 |
1983.9.19 L | 大阪フィル | 大阪ザ・シンフォニーホール | ★★★ |
LP (17cm) | 朝日放送(Victor) | PRA-11335 | 非売品 |
演奏について
第2楽章の冒頭から第2主題が出てくる所まで。 1985年に行ったベートーベンチクルスのセット券購入者のみに配布された特典盤 (「ザ・シンフォニーホールの朝比奈隆」 LPのみ、非売品)に含まれている演奏。 低音から積み上がっていく太い響きを出しながら、ゆったりと呼吸を行うようなフレージングで、音符一杯に音を伸ばした歌い口がとても心地よい。 聴いていると、音楽にどっぷりと浸ることができるが、すぐに終わってしまうのが非常にもったいない。 |
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録音について
どちらかというとオンマイク気味で、各楽器の存在感がしっかりとしており、シンフォニーホールのホールトーンがきれいに入っている。ただ音の分離はやや甘い。 |
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同時収録
・ベートーベン…交響曲第3番より第1楽章(一部) ・朝比奈隆 ベートーベンを語る ・ブラームス…交響曲第1番より第4楽章(一部) |
1992.9.8 L | 新日本フィル | サントリーホール | ★★★★★ |
CD | fontec | FOCD9050/5 | 選集 |
CD | fontec | FOCD9063 | |
演奏について
オケが大フィルと比べて音に粘りのある新日フィルと云うこともあり、朝比奈特有の無骨さをあまり感じさせない演奏となっている。そして対位法を構成する各旋律線の緊密な融合を聞かせる見事なアンサンブルは雄大な感じを受けさせ、とても自然に出てくる大きな響きは胸に深く染み込んでくる。 テンポはカテドラル盤と同じような速さで進められるが、前回のような何かしっくりと来ない感じは消え失せており、極めて普通の感覚で、音楽のうねりの中にその身を浸すことが出来る。特に前半2つの楽章が素晴らしいが、終楽章も決して軽くはなく、全曲を聴き終わった際に得られる感銘は充分に深いものと言える。 |
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録音について
“分離良く明晰”と云ったことからはほど遠いが、各楽器の音色が程良くブレンドされていて、ダイナミックレンジも広く録れている。このフォンテックサウンドを認めるのならなかなかの良録音と言える。 |
1992.9.27-29 L | 大阪フィル | 大阪フェスティバルホール | ★★★★ |
CD | Pony Canyon | PCCL-00178 | |
CD | Pony Canyon | PCCL-00400 | 全集 |
CD | Pony Canyon | PCCL-00475 | HDCD |
演奏について
朝比奈にとって実に3回目となるブルックナー全集の第1弾として録音された演奏で、同時にヨーロッパツアー壮行演奏会でもあった。 つい20日ほど前に行われた新日フィルとの演奏で、自分のやりたいことの総てをやれたのか、この演奏では新しい7番像を追求しているようにみえる。 まず最初に目に付くのは速めのテンポ、というか短めの間合いが挙げられる。(特に第3楽章) これまでの朝比奈なら目一杯伸ばすはずのフレーズを短く切り、その分早く次のフレーズへと移っていく。しかしこれが淡泊になったりせず、彼特有の重いが推進力あるリズムと合わさって、重厚で張りのある音楽が展開されて行く。特に終楽章に緩む所がなく、前3つの楽章同様キリと締め上げた造形の中、言いたいことの総てを述べ切っているのが素晴らしい。 また大フィルも粘り気のある音や緻密な響きはしないもの、サッパリとしていながら荒れ狂うような剛胆な音を出しており、その中でもある種の切なさを表出しているのが言い様のない魅力を放っている。(それは第1・2楽章に顕著) |
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録音について
音の分離が良く、それでいながら音色に適度な艶が乗っているのはさすがコジマ録音と言える。また弦が前、管が後ろという一見当たり前のサウンドステージがきちんと再現されていて、フェスティバルホール特有の場内にこもるモコモコとしたホールトーンも忠実に記録されている。ただ弦があまりにも前に出過ぎているのが好みから言うと少し残念と思える。 現在、流通しているのはHDCD化され、低価格で販売されているものだが、初出の盤と比べて弦の突出がなくなった換わりに楽器の奥行き感が少しだけ減少している。 HDCDでマスタリングされたものの方が小さい音をよく拾い上げ、フェスティバルホールで演奏されていることがより鮮明になっている。ただこれはマスタリングのせいだと思われるが、パワーの炸裂具合はHDCDでマスタリングされていない方が上回っている。 |
1994.4.23 L | 東京交響楽団 | サントリーホール | ★★★ |
CD | Pony Canyon | PCCL-00362 | 選集 |
CD | Pony Canyon | PCCL-00517 | 単売・HDCD |
演奏について
東響の創立50周年を記念して発売されたCD。今回は後にHDCDで再販されたものを聞いている。 ここ数年と比べてテンポが落ちており、この曲が持つ美しい旋律を実にしみじみと奏でている。東響もやや線が細いもの、それらの旋律を繊細に伸びやかに歌い上げていく。いつもは力強く刻んでいくリズムがこの演奏に限っては若干弱いことも先に挙げたことを後押しする。 とは言っても、遅いテンポでずるずる間延びするものではなく、第2楽章の第1主題などは速めのテンポでスッキリと仕上げてダレることは決してない。 胸にひたひたと染み込んでくる叙情は代え難い魅力があるが、一方で全楽器がとどろき渡るような迫力が不足しているので、“野人”ブルックナーを望む方には物足りないかもしれない。 伸びやかで美しいブルックナーだ。 |
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録音について
これも3回目の全集と同じコジマ録音だが、音場が左右に良く広がって、音色もすっきりとしている。ただ音のエッジが92年の大フィルと比べてほんの少し鈍っている。これが再販された盤のみの特徴かは判らない。 HDCDデコーダを通すと音が澄んで透明感が上がるのを感じることができる。 |
1997.7.31 L | 大阪フィル | 大阪フェスティバルホール | ★★★★ |
CD | 大阪フィル | LMCD-1549 | 自主制作 |
演奏について
ひと頃の速めのインテンポで歯切れ良く進むスタイルとは打って変わって、遅めで自由なテンポが漂うような音楽を展開させる。第1楽章では楽想の転換部で頻繁にリタルダントを掛ていることが、ここ10年ほどの朝比奈から見ると大きく異なっている。 全体的に“老い”の臭いを感じなくはないが、聖フローリアン盤を彷彿とさせる陶酔感があるのに加え、当時とは違う均衡感を有しており、聖フローリアンの二番煎じを狙っているのではないが、それに近い味があることだけははっきり言える。 特筆したいことは終楽章の自然さで、本来この楽章が持っているむき出しのブロック構造、もしくはいびつさが見事なまでに払拭されて、他の3楽章同様のなだらかな肌触りを獲得している。そして切なさ一杯に鳴り響くコーダは胸にグッと来るものとなっている。 遅いテンポのせいで拡散してしまっている感があるが、4つの楽章の過不足のない均衡が朝比奈の新たな境地を指しているように思える。 |
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録音について
これもコジマ録音であるが、この盤は各楽器の定位を明確にせず、幾分の音色の混ざり合いを許容している。それが結果として当盤が持つ漂い陶酔するかのような印象を与えるのかもしれない。 |
1997.10.24 L | 東京都交響楽団 | サントリーホール | ★★ |
CD | fontec | FOCD9132 | |
演奏について
大フィル同様テンポは割と遅めだが、大フィル盤と比べてインテンポを基調としていて、フレーズの途中でテンポが変わることは極力抑えられている。また音楽の運び方に全く無理がなく、力みのない演奏は朝比奈らしい雄大さや確かなリズムの裏に潜む確実な“枯淡”の心境を感じ取ってしまう。 都響の方も朝比奈の棒を完全に信頼して、彼の音楽を100%音にしようとしている姿勢が感じられ大変好感を持てる。 しかしこれまでの録音以上に対位法を明確に浮かび上がらせ、旋律同士の絡み合いを際立たせる手合いはかなり徹底しており、4つの楽章全体を見渡した時の均衡の取り方と合わせて、朝比奈は新たなる7番像を探し求める旅に出たのかもしれない。 |
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録音について
録音の方は相変わらずどこのホールで収録しているのか判らないfontecらしいものだが、それぞれの楽器の音が溶け合いながらも個々の音の力強さは失われていないあたり、このレーベルにしては優秀な部類に入るのではないかと思われる。 ちなみにこの日、会場をざわつかさせた補聴器の共鳴によるノイズは完全に取り除かれており、問題はない。 |
1999.11.5 L | 大阪フィル | サントリーホール | ★★★★ |
DVD | EXTON | OVBC-00001 | |
演奏について
この日はクラシックのみならず、芸術全般に深い理解を示したサントリー会長佐治敬三氏の告別式と同じ日となり、全員が胸に喪章を付けての演奏となった。 90才を越えて音楽に若々しさを感じさせることに驚く。テンポ自体の設定は遅い方だとは思うが、フレーズの途中でテンポが細かく動くことがなく(決して皆無ではないが、その変化は極めて自然)、無駄な贅肉をごっそり削ぎ落とした感じを受ける。これは朝比奈を形容するのに定番となっている“重厚”“雄大”と言ったものと大きく違い、換わって清く、軽やかで青年のような清々しい躍動感を感じさせる。(特に第2楽章) かと言って中身が軽くなっているのでは決してなく、一本筋の通った骨格は厳格で、見事な骨格標本を仰ぎ見るような感じを受け、思わず襟を正したくなるものだ。(ホラーとは違う) 繰り返しになるが、音楽に力みは一切ない。それなのに若々しい躍動は堅実に存在し、特に終楽章ではそれまでの楽章の総決算のように喜びにあふれてまとめ上げる。この均衡の取り方はバランスが悪いと言われる7番の問題に見事な解答を与えたものと言える。 |
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録音について
映像の方は非常に落ち着いたカット割りでゆっくりと見ることが出来る。またソロの際には的確にその楽器を映し出し、細かい指示を出す朝比奈の姿が過不足なく捕らえられており、まだ元気があった彼の姿を見ることが出来る。 音の方はリニアPCMで出力している。管楽器には奥行きがあって、位置もはっきりとしている。弦などはアタック音がクッキリとしており、直接音を積極的に拾っているが、低音域の張り出しが物足りない。また音の粒にキレがなく、ややくすんだイメージがある。やはりEXTONのCDと比べるとずいぶん寂しい。 またほとんど無修正らしく、金管がいくらフラフラな音を出そうが、そのまま収録されている。 |
2001.5.10 L | 大阪フィル | 大阪フェスティバルホール | ★★★★★ |
CD | EXTON | OVCL-00068 | HDCD |
演奏について
朝比奈死の年に行われたフェスティバルホールでの演奏会であり、同時にこれは彼最後の大フィル定期となった。当日の模様はこちらにある。(あまりの落差に驚くかもしれないが……) DVDで発売された99年のものと比べてさらにテンポが速くなっているが、それにも増して音楽の純度が上がり、音が結晶化するような演奏だ。何より響きの清らかさは筆舌に尽くし難く、これに匹敵するものはシューリヒトぐらいしか思い浮かべることが出来ない。今までのように低音楽器を強調したりせず、颯爽としたテンポで何の小細工もなしにスッキリと進められている。それなのに音楽に軽いところは皆無で、厳粛な雰囲気をまったく失っていないのが驚異的だ。ピアニシモの繊細さから、フォルテシモのそびえ立つような音響までもが、まったくの自然さで胸の奥底まで深く深く染み込んでくる。 またブルックナーの厳格な対位法を構成する旋律ひとつひとつが自己主張するかのごとくクリアーに奏でられているのに、それらがひとつにまとまって大きな音楽の流れを生み出していく様や、4つの楽章がまったく均等な重みを持って完璧なバランスを保っていることなど、92年の長き人生を歩んで、やっとたどり着いた前人未踏の境地と言えるだろう。 |
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録音について
若干美しい薄化粧を施しているようだが、音の粒がこのホールにしては非常にクッキリとしており、ダイナミックレンジもストレスなく広がっている。残響が楽器の直接音に絡みつかず、それらが素のまま聞こえてくるのはまさしくフェスティバルホールの特徴であり、オン気味のマイクセッティングのためか客席で聞くようなリアルな臨場感はないもの、かなり優秀な録音と言える。 HDCDについてはほとんど差はないが、デコーダーを通すと微かに余韻が美しく伸びる。 |
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同時収録
・第1楽章のリハーサル 本番直前のリハーサルのため、冒頭のトレモロに「モヤモヤと弾かない」と注意を与えただけで、後は通しで行われている。 |
2001.5.25 L | 東京都交響楽団 | サントリーホール | ★★★★ |
CD | fontec | FOCD9158 | |
演奏について
朝比奈が2002年6月の段階で13種も録音を残しているブルックナーの7番だが、ついに生涯最後の7番となってしまったのが当盤に収録されている演奏だ。 同年の大フィル盤と2週間しか変わらないはずなのに、凝縮されきった大フィル盤と比較すると、こちらは霧のように拡散するイメージを持つ演奏だ。すっきりとしたテンポで、しかもそれを細かく動かしているのに表面上には何も浮かんでは来ず、ただ儚げさを含んだ美しい音響が漂うように、そして粛々と流れていく。 これを生命力のない枯れきった音楽と呼ぶのは簡単だが、音符いっぱいに奏でた音は伸びやかとしており、4つの楽章をすべて均等に演奏するという離れ業的な構成感も万全であり、安直に断言してしまうことにはいささか躊躇を感じてしまう。 演奏が終わった後、少しの沈黙が流れ、まるで夢から覚めるかのように大きな拍手が湧き起こるが、これがこの演奏の美しさを象徴している様に思える。なぜか聞き終わった後、しみじみとしてしまう演奏だ。 |
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録音について
日本人が録音したにしては非常に珍しい、オフマイク気味の録音で、音場に奥行きを感じられる。楽器の音も鮮明で存在感があり、fontec=音が悪い、という公式を払拭するのに充分な好録音だ。ただ左右に広がりがなく、中央に音が詰まってるように聞こえるのが残念だ。 |
《 総 評 》
14種の録音を年代順に聞いてみましたが、ベスト盤としては演奏スタイルの違いも考慮に入れ、75年の聖フローリアン盤と01年のEXTON盤を双璧に、次いで92年の新日フィル盤を挙げたいと思います。(80年の東京響は入手のし難さから、お薦めできません) これとは別に68年の豪快さは非常に魅力的で、一聴の価値ありです。
当ページで使用した略称
・大阪フィル=大阪フィルハーモニー交響楽団
・新日本フィル=新日本フィルハーモニー交響楽団
・日本フィル=日本フィルハーモニー交響楽団
以下のリンクは、CDとは別に聞きくことのできた演奏について書いたものです。
・1999.11.19 大阪フィル at 大阪ザ・シンフォニーホール
・2001. 5.10 大阪フィル at 大阪フェスティバルホール (CD化済)