この演奏会の前日である2011年12月29日は朝比奈隆の没後10年となる節目の日でした。NHK−FMでは『今日は一日“朝比奈隆”三昧』として11時間の特集を行い、その締めくくりとして大植&大阪フィルによる第九の演奏会を生中継しました。N響以外の日本のオケを生中継するなんて、余り記憶にないので、ちょっとした事件だと思いますよ。
会場内にはテレビカメラが入っていて、朝日放送による録画が行われたようです。
大阪フィルは今夜の演奏で実に700回目の第九となるそうです、これまた大きな節目となる日と言えるでしょう。
大植さんは「年末に第九は振らない」と語っていたと記憶していますが、今回が3回目の年末の第九となります。1回目はベートーベンチクルスの一環として、2回目はフェスティバルホール最後の演奏会として、3回目は自らの音楽監督最後のシーズンを飾るものとして演奏します。私は運よく3回とも聴くことが出来ました。
朝比奈さん没後10年と言うことは、大植さん就任10年と言うことも出来、「そうか、もうそんなに長く大フィルを引っ張っていたのか」と感慨深くなりました。朝比奈隆という偉大なカリスマの後を受けての10年は口では言えない苦労もあったと思いますが、彼でなければ大フィルはどうなっていたか分らなかったことも事実としてあると思います。
個人的なことですが、演奏会自体が実に3年ぶりとなってしまいました。音楽を聴くカンみたいなものが自分の中にどれだけ残っているのか少々不安でしたが、私にとってきっと音楽監督の大植英次を聴く最後の演奏会だと思いましたので、ギャップを吹き飛ばすべく、気合を入れて臨みました。
2011年に起こった様々なことに対し、2012年が素晴らしい年となるようにと、有名なバッハのG線上のアリアに、和楽器である篠笛の世界的奏者である福原友裕氏を迎え、和と洋のコラボによる演奏を行いました。
大植さんに先だって入場してきた福原さんが少し緊張気味かな、と感じました。
いざ演奏が始まると、大フィル弦セッションのきめの細かい美しい音色が静かに広がっていきます。朝比奈さん時代から美しかったけど、この10年で安定して響かせることが出来るようになった。本当アンサンブルの精度が上がったと実感しました。
篠笛は前半はメロディ、後半は笛を持ち替えてアドリブとなりました。ピッチが一定ではない篠笛が非常に不安げな音色で、弦楽合奏に被さっていきます。(不安げと言っても技巧的に拙いのではなく、篠笛の特性としてです)
アドリブはロングトーンを中心としていましたが、もっと大きく動いて啼きの(寂寥感ある)演奏をしても良いと思いました。
今回の演奏の特徴は楽器の配置にありました。まず弦楽ですが、1st.ヴァイオリンが左に、2nd.ヴァイオリンが右に、チェロが中央に、コントラバスがチェロの後ろに、そしてビオラはチェロの左右に分かれて配置されました。また木管と打楽器が弦の後ろ下手側に、金管とティンパニが弦の後ろ上手側に、と大きく離れての配置となっており、独唱者はコーラスの前に配置されました。初演時の配置を研究してのセッティングらしいのですが、オケの皆さんはアンサンブルを合わせるのが大変だったと思います。
また、合唱と独唱の入場も第3楽章の後、ということでこれも変わった進行の仕方だと思いました。合唱団の方は椅子なしのオールスタンディングでした。
演奏の方は、早めのテンポでぐいぐい進む、メリハリの利いた演奏でした。どっしりと落ち着いた音色は今回の配置のせいでしょうか、腰の据わった音楽が展開されていきました。また再現部への入り方をはっきりさせる等、各楽章の構成の輪郭を明確に出していた所はとても良く感じました。特に第1楽章再現部の入りではフォルテッシモのさらに上へとアクセントを打ち出せていて非常に素晴らしかった。
大フィルはアンサンブルに苦労する場面がたまにありましたが、全体的に力のこもった演奏を行い、濃密でどっしりとした音を出せていたのではないかと思います。
独唱の方は各パートの個性を出すやり方で、4人の調和を取った歌唱ではないのですが、座った席のせいかもしれませんが余り印象に残っていません。
合唱の方ですが、各パートが横に長く広がって配置されていたせいか、ハーモニーが薄く漂うような感じがして、人間の声の力を感じることが出来ませんでした。ただし、私の座席が前過ぎたせいで、コーラスが完全に頭の上を通り過ぎて行ったからかもしれません。
先ほども述べましたが、早めのテンポでメリハリの利いた演奏でした。それがもっとも良く表れていたのが第3楽章でした。各楽想の流れが大変良く、変にケレン味を利かせたりせず、淡々としていながら旋律をじっくりと聴かせる演奏で、この日の白眉でした。
一方、第3楽章と逆の印象を持ったのが、第4楽章でした。各変奏をクッキリと描き出しているのですが、やや過剰な間を置いたり、強弱を付け過ぎたりして、少しケレン味を利かせてしまった演奏でした。その分、分りやすい演奏とも言え、クライマックスでの圧倒的な力感やドライブ感がカタルシスを生み、聴衆の心を一気に引きずり込む手腕はさすがだと思いました。
演奏が終わると同時に大きな拍手と「ブラボー」の歓声が起こり、指揮者、独唱者、合唱指揮者を何度も呼び出すものとなりました。特に大植さんが譜面台の下に置いていた朝比奈さんの写真を取り出し、強く額を押し当てていたのが印象に残りました。
やがて独唱者達が引き上げ、オケも解散となりました。合唱団はオケ全員が引き上げるのを待っているかの如く直立不動のまま、退場する素振りを見せなかったので、私は蛍の光があるのかと思ってずっと席で待機していました。するとステージ下手から大植さんがひょこっと現れ、合唱団に退場するように促し始めました。そのため、もうまばらだった拍手が再燃し、会場は再び大きな拍手に包まれました。
ステージ上で答礼をし、最後は客席最前列のお客と握手を交わし、とどめに下手にある花道を進み出入口付近のお客とも握手を交わし、大きく会場に手を振って扉の中へと消えていきました。
結局、蛍の光はなしだったのが少し残念ですが、これも時代が移り変わったため、仕方ないのかもしれません。
総じて、音楽以外にも何かしらの節目が来たことを強く感じさせる演奏会でした。
年も改まり2012年となりました。まだ今年のコンサートのチケットは取ってないのですが、機会を作ってどんなオケであれ、少しでも会場に足を運びたいと思います。