「あのー、法事なので19日を休ませて下さい」
「……良いけど、平日に法事なんて珍しいね」
(目が宙を泳ぎだす)
「そうですね〜、あっはっは」
と、言い訳をして会社をサボりました。やはりウソをつくのには図太さが必携のようです。(ホントは結婚式にしようかと思ってましたが、念のため暦を見ると、この日は仏滅でした。セーフ)
で、静岡から車に乗って、高速道路を4時間ぶっ飛ばしていざ大阪へ。この日は名神高速がリフレッシュ工事中なので、渋滞回避のため名神→名古屋湾岸高速→東名阪→名阪国道→西名阪→阪神高速と迂回して、途中雨が降り出すなかザ・シンフォニーホールへと到着しました。この時点でもうヘトヘト。
(当然、新幹線も考慮に入れましたが、午後9時から帰れる電車なんかありゃしませんでした)
今回のハイティンクさんの来日に関して、3ヶ月前に風邪でコンサートをキャンセルしたこともあって、「本当は心臓の病気でダウンしたから来日は中止だ」とデマが飛び、非常にやきもきしてしまいました。無事に来日を果たしてくれたのでヤレヤレです。
東京を皮切りに名古屋・金沢・富山と連日のハードスケジュールで、今日の大阪の後に東京で2日間やって終了となります。しかしご本人が「これが最後の来日かもしれないので頑張る」とコメントしてしているだけにどの地でも大変な熱演だそうで、名古屋での“英雄の生涯”や富山でのブルックナーは名演だったそうです。
会場に入ると非常にお客の熱気が高く、今日の演奏会にかけられる期待の高さが良く伝わってくるものでした。
客席を見渡すと、1階席は満席、3階バルコニーも満席、舞台反対側の席も満席でした。2階正面は残念ながら見えませんでしたが、2階サイドだけがガラガラで半分ほどでしょうか?
開演時間が過ぎると、お客の拍手と共にオケのメンバーが一斉に入場し始め、コンマスにより音合わせが行われました。音合わせを始める頃に場内の照明が落ち、コンマスが席に着くとすぐに舞台下手からハイティンクさんの姿が見えました。
場内からはすぐさま出迎えの拍手が起こり、ハイティンクさんとコンマスが握手を交わします。意外と背が小さい人でしたが、いかにも好々爺っぽい風貌が暖かい雰囲気を醸し出していました。
まず驚いたことはオケの鳴りっぷりの良さです。低弦がたっぷりと鳴り響いて頑丈な土台を作り上げ、その上にすべての弦楽器が積み上げるように音を重ねて分厚い響きを生み出していました。そしてそれに支えられるように管楽器が歌うのですが、その音色には明確な方向性があり、すべての楽器の音色が完全に溶け合ってまさにオーケストラがひとつの楽器のような音を出していたのには驚嘆しました。例えソロだったとしても、それはたまたま他の楽器が演奏してないだけで、そのソロの音も完全にオーケストラの音色のひとつだったのです。
ドレステン・スターツカペレというオケの実力と伝統の力をまざまざと見せ付けられた気持ちになりました。これが本当のオーケストラです。「縦の線がどう」とか「音を外す」とかは真のアンサンブルから見ると実は二の次だったのです。衝撃的でした。
また絶対的な音量も非常に大きく、このホールで世界各国のオケを聞いてきましたが、その鳴りっぷりも非常にダイナミックで一番だったのではないでしょうか。金管楽器のスタミナが最後までもつか心配なくらいです。(実際、最後はややバテが見えました)
ハイティンクさんは大きな身振りで非常に元気な指揮振りでした。見た目によらずその指示は非常に細かく、全身で音楽を表現していました。左手の小指がピチカートの音の消えていく様を表していたのを見たときはため息が出そうになりました。またブルックナー休止と言われる全休止も残響が消えるか消えないかの絶妙なタイミングで非常に感心しました。
ハイティンクさんはハース版をいつも使ってますが、そのメロディの歌わせ方は非常に細かい所まで手が入っていて、緩急強弱の変化が微に入り細に入り与えられていて、時々思いがけない旋律が浮かび上がって来る時があります。
しかし驚くことに、曲全体から見ると完全に調和が取れていて、どの部分にも突出した部分がなく、パッと見なにもしていないように聴こえるのです。それがハイティンクさんが地味に聴こえる原因だと思うのですが、じっくりと聴き込むと実に良い味の染みた音楽となっているのが解るのです。
またオケの自主性を尊重しているのか楽員が非常にリラックスして、メロディを自然に歌います。そして構造を明確にしない(各主題の切り替わりとか展開部の入りとかをはっきりとさせない)アプローチなのもまったりと進んでいく印象を強くさせます。
第1楽章は遅いテンポで、これから始まる長い音楽の助走を行うように、じっくりと音楽を紡いで行きました。コーダなど普通は劇的にやるものですが、かなりの音量が出ているのにかかわらず、こちらを打ちのめすような迫力がなかったのがハイティンクさんらしかったです。
続く第2楽章も変に躍動的でもなく、他の楽章からも浮き上がらないものでした。それはけっしてタレた演奏ではなくとても力強いものでしたが、今日の4つの楽章ではもっとも地味な味わいでした。
第3楽章に入っても特別テンションが上がるわけでもなく、引き続き淡々と始まりました。しかし旋律の歌わせ方が懐の深い、非常に心のこもったものだったので、引き込まれるように聴き入ってしまいました。このアダージョの頂点ではテンポダウンによる大見得も決まり、コーダでは包み込むような優しさが非常に心地よい楽章でした。
ただこの楽章からプレイヤーの疲れが目に付きだし、音を外したり、和音を濁らせてしまったりし始めました。
たっぷりとインターバルを取って終楽章に入りました。締まったフォルムで緩むことなく、キビキビとしたテンポで音楽が進んでいきます。金管が最後の力を振り絞って演奏している様子が良く分かります。ただ対位法の絡み合いが豪快にずれてしまったのをハイティンクさんの謎の一拍で持ち直したりしてましたが、音楽自体の充実度には少しの曇りもありませんでした。
特にコーダでは大変雄渾なクライマックスが築かれて、思わず立ち上がってしまいそうになる程の昂揚感がありました。
最後の大ユニゾンが鳴り響いても無粋な拍手は全く起こらず、会場を満たす音が消えると同時にハイティンクさんが指揮台に両手をついて頭を下げました。それが合図となって客席からふわっと暖かい拍手が起こり、ハイティンクさんがこちらを振り向くと割れんばかりの大きな拍手となりました。
しかし振り向いたハイティンクさんがしかめっ面だったので、「演奏の出来に不満でもあったのか?」と勘ぐってしまったのですが、ハイティンクさんが演奏の出来不出来を表情に出す人であろうはずがなく、実際はかなり疲労が重なっているようでした。
拍手と歓声が飛び交う中、ハイティンクさんが2度3度と呼び出されます。オケのメンバーが順に立ち上がるとその度に大きな拍手が湧き起こりました。
オケが解散しても拍手は続けられ、楽員が引き上げたのを見計らって、ハイティンクさんが一人答礼に現れてくれました。
指揮台の所まで来ると、全身に拍手を浴びながら前後左右の客席に礼をするとすぐさま舞台の下手へと消えていきました。表情が曇ったままでしたから、よほど疲れていたようです。富山ではスコアを取り上げ、恥ずかしそうに顔を隠しながら退場した、という茶目っ気たっぷりさとはかなり違っていたようです。
それでもハイティンクさんが扉の向こうに消えると、聴客も満足そうに会場を後にし始めました。
ハイティンクさんの特徴と言えば、聴き手の感情を決してあおらない実直な音楽つくりにあると思います。(しかしその内容は上にも挙げたように非常に手の込んだものですが)
大阪の人にとって一番慣れ親しんだブルックナーのスタイルは言うまでもなく朝比奈さんのもので、彼のブルックナーは必ず感情が高まる頂点を設定して、そこにすべてを集約させるべく演奏のプランを練ったので、今日のハイティンクさんの演奏を退屈だと感じる方もきっといたに違いありません。
しかしそれはスタイルの違いなだけで、今日の演奏が劣っているとは決して思えません。それを認識しておかないとこれから先、ブルックナーを楽しむことが出来なくなってしまいます。(7月には大植&大フィルのブル8もあることだし)
何はともあれ、滋味なまま深化を続けるハイティンクさんのこれからが非常に楽しみであります。(また来てくれないかな?)
総じて、これこそいぶし銀の芸だと思った演奏会でした。
ねぐらにたどり着いたのは、日付も変わった午前1時でした。ちゃんちゃん。
さて次回はベルティーニと都響のマラ9を聴きに横浜まで行ってきます。音楽監督の辞任を残念ながら発表した矢先ですが、マーラーチクルスの最後を飾るこの演奏会、非常に楽しみにしております。