去年11月に京都で聴いたこのコンビによるマーラーの1番が余りに素晴らしかったので、会場が横浜にあるにも拘らず、馳せ参じる次第となりました。本当は2週間ほど前にしたマーラーの8番にも行きたかったのですが、さすがに都合がつきませんでした。
今日は午後2時開演と言うこともあって新幹線を使って横浜へ向かうことにしました。知らない所へいきなり車はやっぱり辛いです。(それでも3時間半かかりますが)
この日は横浜港の開港記念祭だったそうで、みなとみらいはもの凄い人出で、ギラつく太陽と高い湿度も合わせて、かなり蒸し暑い一日となりました。
1時20分の開場に合わせてホール内に足を踏み入れますとこざっぱりしたロビーが広がっていました。この雰囲気は京都コンサートホールをイメージさせます。
で、実際にホール内へと入りますとザ・シンフォニーホールタイプの構成で、正面にはパイプオルガンが鎮座し、2・3階のサイドにはバルコニー席が、2階正面のずっと奥のほうに2階席がありました。
音響のほうはさっぱりとした風味で、残響を響かせるタイプではありませんでしたが、バランスのいい音響で、個人的にはサントリーホールより好感を持ちました。
椅子の方は広すぎもせず、狭すぎもせずの幅で、ほんの少しお尻を前へずってしまう座面でしたが腰骨のサポートはしっかりしたものでした。
この演奏会が音楽監督としてベルティーニさん最後の演奏会となるようで、チケットは全席が売り切れて当日券の発売がありませんでした。ホールの入り口には「チケット求む」と書いた紙を掲げている人がいました。
さて、ステージ上では本番前の総点検をする楽員が何人か練習をしていました。客席はほぼ満員で、会場の熱気は高く、この演奏会に寄せる関心の高さがうかがい知れました。
やがて開演時間が来るとオケのメンバーも全員揃い、コンマスによる音合わせが行われますと、マエストロの登場が固唾を呑んで待たれました。
黒の詰襟姿で現れたベルティーニさんは満場の拍手に手短に応えるとオケの方へ向き、不動の姿勢で精神統一を行いました。それに合わせて客席も水を打ったように静まり返り、その第一声に耳を凝らしました。
以前に聴いたマーラーの1番のときも感じましたが、弦楽器を中心とした非常に硬質で透明感ある音色がとても美しく感じます。
第1楽章は少しだけゆっくりとしたテンポで、旋律をひとつひとつ確かめるようにして進んでいきました。金管がやや固く、チェロの鳴りがいまひとつでしたが、オケ全体に張り詰める緊張感が素晴らしく、ベルティーニさんのすべての指示に付いていこうとする意思がひしひしと伝わるものでした。楽章が終わってもこの緊張感は持続して、会場の集中力の高さがうかがい知れました。
第2楽章になると徐々にオケの固さも取れてきて、音楽の流れが非常によくなってきました。特に第2主題が出てくる中間部辺りからはテンポ自体も速くなって、勢いを感じられるようになりました。
そして第3楽章では心配だったチェロも調子が上がってきて、オケ全体が鳴り響くようになり、力感が非常に充実した楽章になりました。ここの中間部ではベルティーニさんは思い切ったテンポダウンをみせ、非常に密度の濃い音楽を展開させて前3楽章中でも最大の山場を築きました。思わせぶりな表情は一切付けていないのに、胸に染み入るように音楽が入り込んできました。
そしてついに終楽章となりました。弦が主題を奏でましたが、その透明感と暖かさに心が震えました。
ベルティーニさんはバーンスタインやテンシュテットやバルビローリを代表とする情感を表出させるタイプではなく、古典的なフォルムを大事にして、羽目を外さないまでも控えめな表情付けに深く想いを乗せていくタイプなので、インパクトは弱いですが、音楽には噛み締めるような情感が満ちていると思うのです。
それがこの冒頭には色濃く出たと思います。“ついに来た死の来訪”といった劇的なものではなく、あくまで暖かく、包み込むような穏やかさが哀しさを伴って歌われていきます。
これが折り返し地点を過ぎ、弦中心の最弱音部分に至り、切れ切れに旋律が奏されるようになると、その余りの緊張感で息をすることさえ出来なくなりました。やがてそれも過ぎ、長く長く引き伸ばされる音が小さくなって、空気の中に解けていくのを呆然と聴いていたのでした。
空間に解けていくように音が消えていっても、ベルティーニさんは天上から聖杯を授かるように両手を挙げたままで、その状態が永遠に続くかと思われました。やがてその手はゆっくりとゆっくりと降ろされて、完全に降ろし切った所で初めて拍手が湧き起こりました。
満場の拍手のなか、指揮棒を置いたベルティーニさんはまずコンマスに握手を求めました。それに応えて山本さんががっしりと手を握ります。お互いの目をじっと見つめ合い、万感の思いを込めて交わす握手。男同士の語らいに言葉はいりません。その握手の固さと長さがすべてを語っていました。ああ、思わずグッと来た。
弦のトップと握手を交わして初めてベルティーニさんが客席を向くと、爆発するような拍手と喝采が飛び交いました。
ベルティーニさんがオケの中に分け入り、ソロを担当したプレイヤーを立たせると、これも大きな拍手が起こります。口々に感謝の意を述べる楽員が今日でオケを去る音楽監督と握手を交わしていきますと、涙ぐんだり顔を真っ赤にする人も現れました。指揮者とコンマスに花束が贈呈されると、ベルティーニさんはそれをちぎってオケの方へばら撒き、祝福のおすそ分けをします。
オケが解散しても拍手が衰える気配は一向になく、まだメンバーが引き上げ切っていないのにベルティーニさんが答礼に現れました。舞台最前列に詰め寄せた聴衆が差し伸べる手に握手で応えるベルティーニさん。オケだけでなく聴客も、6年間の長きに渡って音楽監督でいてくれたマエストロとの別れを惜しみます。「ありがとーっ!!」と声が飛ぶ中、2度も一人きりによる答礼に出てくれたベルティーニさんが下手のドアに消えると、名残惜しく演奏会の幕が降ろされました。
この後、ダメモトで楽屋入り口で出待ちをしていたのですが、都響の職員さんが「お一人一枚でお願いします」と楽屋裏へと通してくれました。5・60人が列を作ったでしょうか、私も会場で買った「大地の歌」のCDにサインをしてもらいました。一筆一筆丁寧に書いてくれ、最後に握手をしてもらいました。少し小さくてもちもちとした手のひらでしたが、とても温かかったです。
サイン会会場はステージの裏に会議用の長テーブルとパイプ椅子を置いたもので、ステージで着ていた詰襟を羽織って、横には通訳の方が立っていました。
それにしても舞台裏に立ち入るのは初めての経験でした。ステージと同じぐらいの空間があり(天井はその上に客席があるため非常に低かったですが)、丸テーブルが置かれて、ホワイエと同じ軽く飲食のできるカウンターがあったのが驚きでした。
今回で音楽監督としてのベルティーニさんは終わりましたが、幸いにも桂冠指揮者の称号を受けてくれるそうなので、完全に縁が切れる訳でもなさそうです。
これほど楽員・聴客がその退任を惜しみ、感謝する音楽監督ってなかなかいないと思います。都響にとって非常に幸せな時代だったのかもしれません。
総じて、幸せで胸が一杯になった演奏会でした。
さて次回はミッコ・フランク&ベルギー国立管とジャニーネ・ヤンセンのソロによるコンサートです。
私の本命はミッコ・フランクなんですが、ジャニーネ・ヤンセンのチャイコン以外の曲目は未だに発表されていません。
それでも猟奇的と言われるフランクの演奏には大きな期待を寄せています。