1年半ぶりの京都です。
で、ちょっと時間があったんで、四条河原町をブラブラすることに。
「ただいまの気温27℃」
……こりゃまた暑いはずだ。梅雨の中休み(休みっぱなしかもしれないが)かもしれませんが、この日は肌に刺すような日射しが強烈でした。昨日は夏至だったんですよね。
四条大橋から覗くと、川辺で水遊びをしている人が気持ちよさに見えました。あ〜ビール呑みてぇ。
そうこうしている内に時間が来たので、地下鉄に乗ってホールへと向かいました。入場するときに「まだリハーサルをしているので、客席に座れません」と言われましたが、開場から10分しないで客席も解放されました。
その間、私はビールを喉に流し込んでひと息ついてました。そのビール非常に美味し。
客席に着くと、リハーサルが終わった後も居残りで練習している人が数人いて、銘々楽器を鳴らしていました。
今回の席は前から5番目の右の方というお世辞にも誉められた席ではありません。e+で買うとやっぱり良くないなあ。
さて今日の指揮者であるクルト・マズアさんはベルリンの壁が崩壊したきっかけとなったライプツィヒのいわゆる月曜デモを先導したひとり(この日のコンサートが終わった際、ステージから「さあみんなでデモに行こう」と呼びかけて街へ繰り出した)で、このデモが天安門のように軍と衝突せずに成功したことにより、一時は東ドイツの大統領候補になったひとです。
でも結局、政治家への道より音楽家としての道を全うすることを選び、ニューヨークフィルのシェフとなったのですが、その座も今シーズンで辞し、フランス国立管弦楽団の音楽監督となります。
今日のメインはブルックナーの交響曲第3番です。この曲は去年、朝比奈隆御大が東京と大阪で振る予定の曲だったのですが、ご存知のようにこの演奏会を目前にして倒れてしまい、御大はそのまま不帰の旅人となってしまいました。非常に楽しみしていただけに(同じくらいの不安もありましたが)、演奏会の中止と指揮者変更は非常に残念な出来事でした。今日の演奏会でそのフラストレーションが解消されることを期待したのでしたが、どうなるでしょう?
「マズアのブルックナーなど聞きに行くほうが間違っている。ブルックナーを愛する者はそれぐらいのことを知っていなければならない」
なんて声が聞こえて来そうですが、ここまで来たからには性根を決めて聞くこととします。
タクトを持たず、すべて暗譜で指揮をするマズアさんで、中庸的なテンポのなかスッキリとしたフォルムで曲が進行していきました。オケは弦を中心に低音楽器から高音楽器までもが良く鳴ってましたが、なぜか音の手触りはしなやかで、柔らかい響きがしていました。これ自体はとても好ましいと思いましたが、音楽が腰高で音色に厳しさがないため、ワーグナーらしい響きを味わうまでには行きませんでした。
タンホイザー序曲のクライマックスなどはもっと引きずり込まれるような盛り上がりがあっても良いと思うのですが、金管がもの凄い咆吼を聞かせてくれていたにも関わらず、オーケストラが混然となった厚みある響きとはなりませんでした。
この軽さは良くも悪くもメイド・イン・USAの音だと思います。
曲が終わり、喝采のなか愛器にキスを送るコンマス氏の姿も非常にメイド・イン・USAでした。
休憩時間も半ばを過ぎると団員がぞろぞろと入場してきて練習を始めました。そんな中でもビオラの席に座って最前列のお客と話しを始める人がいたり、とても気さくな感じでやってます。さすがメイド・イン・USA。(黒人さんのコントラバス弾きがいたりするのも、さすがメイド・イン・USA)
ほとんどのメンバーがステージに集まった所で、1人が足早に上手から出てくると、他の男性団員に耳打ちを始めました。すると男の団員が全員そそくさと引き上げてしまいました。
「何だ、何だ」と面食らっていると、再登場してきた男性団員はみんな黒の上着を脱いで現れたのでした。なるほど今日はとても暑い日だったもんな。外国から来た人にとって、この時期の関西は堪らないものがあるのでしょう。しかしよく見ると、なかには上着どころか蝶ネクタイまで外しちゃってる人がいたのには、「いいのか?」と思ってしまいました。こんなところも、さすがメイド・イン・USA。
やがて時間が来るとマズアさんが拍手に迎えられて登場してきましたが、さすがにマズアさんはきちっとしたタキシードを着用していました。
弦が細かく刻むなかトランペットが第1主題を吹いて曲が始まりました。この主題が次々とリレーされて行くうちに段々と高まってきて、ついにユニゾンの大音響で変形された第1主題(ティーータタタ)が奏せられます。この重要なモチーフは形を変えて第1楽章に執拗なくらい顔を出しますが、今日の演奏はその表情に一貫性がなく、ブルックナーが設計した緊密な構成を感じることはできませんでした。(これはお爺ちゃんの受け売り)
曲中に出てくるモチーフに統一感がないことは、曲想の飛躍が激しいこの交響曲(特に第2楽章と終楽章)では大きな欠点となります。しかしこれの理解と修得は演奏回数が多く忙しいNYフィルとマズアさんには難しいのかもしれません。またホールのせいか、弦と管のサウンドがうまく混ぜ合わさっていない感じがし、また高音部がキラキラと輝くような音色はブルックナー特有の轟くような音響ではなかったことも、この作曲家にあまり慣れていないと感じさせました。(もともとアメリカではそんなにブルックナーは受けない(シカゴは割とゲルマン風味が好まれるようですが)、それでも敢えてブルックナーのものでも最も難しい部類に入るこの曲をチョイスするからにはそれなりの自信もあったはず)
それでもさすがに技術的なことに関すれば文句はなく、大阪の某フィルハーモニーなら間違いなくひっくり返るだろうホルンの高音等々の難所をなんなくこなしていく姿はさすがだと思いました。(ただ終楽章にある半拍ずつずらして旋律を追っかけ合い、次第にクレッシェンドして雪崩のようにパワーを爆発させるこの曲最大級の難所ではさすがにマズアさんもテンポを大きく落としてゆっくりとやってました)
それでもこの凄腕オケが集中力を発揮すると、音楽はぐっと聞かすものになり、終楽章のコーダで第1楽章の主題が回帰してくると高揚感が感じられました。トランペットの咆吼が実にうまく決まってました。
最期の大ユニゾンでピシッと締めくくられると、すぐに「ブラボー!」の歓声が掛かり、大きな拍手が客席から送られました。まあ今日は3番ですから、こんなものではないでしょうか。
続く拍手のなかマズアさんが指揮台を降り、第2ヴァイオリンの後ろに空いた席に腰を降ろしました。何だろうと思っていると、ブラスセッションがさっと楽器を構えました。
・バーンスタイン…ウエストサイドストーリーより「アメリカ」
(いつもこれを聞くと、♪バナナ バナナ バ・ナ・ナ と歌いたくなる)
最初は荒れたアンサンブルでしたが、曲の最期には結構なパワーが出て、それなりにまとまりました。
これにも大きな拍手が起こり、ホルンのひとりを除きブラスセッション全員が1度、2度と起立します。で、3度目に起立した時に周りから無言の催促を受け、それまで立たなかったその人が「仕方ない」という感じで、床をドン! と鳴らして立ち上がったのでした。実は、その人体重が180kgぐらいある人で、立ち上がるのが億劫(おっくう)なだけでした。ただその時の愛嬌ある笑顔に会場中から笑いが起こったのでした。
ブルックナーにはつまんなそうに拍手を送っていた隣のオバチャンもこれには大喜び。よかったね。
客席に投げキッスをするマズアさんでしたが、最期にコンマスと手に手を取って退場するとオケも解散となりました。
今年の夏に朝比奈隆追悼と称して大フィルが若杉さんと演奏会を開く予定です。この演目も(追悼演奏会だからこそ)ブルックナーの3番なんですが、残念ながらこれも行けそうにありません。
ちなみに、ヴァント翁もベルリンフィルとの6番の後は3番が予定に挙がっていたそうです。この両巨匠による最晩年の3番が聞けずに終わったことは、返す々々も無念で仕方ありません。
外に出ると昼間の暑さも大分落ち着き、涼しい風が吹いてました。
すぐ地下へ潜るのがもったいない気がする。もうしばらくブラブラしようかな。
総じて、聞きに行く方が間違っていた?
さて、次回は十中八九佐渡裕とシエナ・ウインド・オーケストラの奈良演奏会です。佐渡さんらしい賑々しい演奏会になると思います。お楽しみに。